母乳のあれこれ 10 <みつめのぼたもち・・・「母乳のために」>

産後に良い食べ物、特に母乳を出すための食べ物と言われてきたものは文化的にいろいろあるようです。


韓国や中国などの方の入院が時々あります。
産後に母国から手伝いにいらっしゃったお母さんが、毎日のように食事時になにかを運んで来られることがしばしばあります。
韓国の方はワカメスープを本当に持っていらっしゃって、産後のワカメスープは本当の話だったのだとわかりました。
また中国の方は鶏のスープで作ったおかゆ、タイの方で薬草茶を持ち込まれていたかたもいらっしゃいました。
いずれも「温かいもの」でした。


あと、食事ではないのですが、「産後は水に触れてはいけない」と実母に言われたからと、入院中に一度もシャワーに入らなかった方もいらっしゃいました。


まだまだ日本も含めて、産後の文化やタブーのようなものがけっこうありますね。


<みつめのぼたもち>


助産師になるまで、私は「みつめのぼたもち」を知りませんでした。
最近は、ご家族からのお礼を受け取らない方針の施設が多いことも関係があるかもしれませんが、「みつめのぼたもち」を見ることがまた少なくなりました。



助産師になった二十数年前には、時々、病棟にこの「みつめのぼたもち」を持ってこられたり、ちょうどおっぱいが張り始めた産後3日目のお母さんに食べさせようとする家族がいたので没収(笑)されることがありました。


「昔は食べるものもなかったので、産後のお母さんにすこしでも栄養のあるものを食べさせようという風習だったけれど、今はこんなに栄養状態がいいのだからぼたもちを食べる必要はない」「張り始めの時に食べると、おっぱいの張りを強くするからやめたほうがよい」、というのが没収の理由でした。



いつ頃からこのみつめのぼた餅がどのように広がったのだろう、と気になっています。


検索すると最初に出てくるのはこちらのサイトですが、その中に以下のように書かれています。

関東地方でよく行われている行事と言われています。
子どもが産まれてから3日目に乳が沢山出来るようにという願いを込めて、母親にぼた餅を食べさせる風習があるんです。

また、何の資料かわかりませんがこちらには、乳児死亡率の高かった時代に「三日目が厄日という考え」に由来している可能性がかかれています。


<みつめのぼた餅が母乳分泌に関係したのか>


上記の二つ目のリンク先では、「実際、出産3日目に牡丹餅を食べたら、その日はお乳がとてもよく出ましたので、これは本当だな、と感じました」と個人的体験談が書かれています。


「お乳がとてもよく出ました」
おそらく産後2〜3日目の乳房緊満あるいは乳房うっ積を、「出がよくなった」という自覚として表現されているのではないかと思います。


「牡丹餅を食べても食べなくても」変わらず、その時期に多くのお母さん達のおっぱいが張り始めますから、「それをしてもしなくてもかわらない」ということになります。
身も蓋もない話になりますが、「みつめのぼた餅は母乳分泌には関係があるとは言えない」ということですね。


では栄養状態の悪かった昔の女性は、みつめのぼた餅の効果があったのでしょうか?


「昔」っていつのことだろう、とまた気になってしまいます。
このみつめのぼた餅はいつ頃に始まり、いつ頃どのようにして広がったのでしょうか。
また関東以外では、みつめのぼた餅に変わる「風習」があったのでしょうか。


<情報の広がりと作られていく「風習」>



「こうして『風習』が出来上がっていくのか」と感じさせられたことに恵方巻きがあります。


wikipediaでは「1998(平成10)年にセブンイレブンが全国販売にあたり、商品名に採用」と書かれています。
もう少し前1990年代半ば頃から売り出されていたような気がしていたのですが、節分になると昔からの風習かのように「恵方巻き」という言葉がなじんだのもたかだか十数年なのですね。


さらにそれ以前の大阪・近畿で巻き寿司の丸かじりを節分の行事にして広めたのは海苔の販売促進のためだったという話も、真偽のほどはわからないですが聞いたことがあります。


関東の「みつめのぼた餅」が全国にいつ頃、どれくらい広がったのかわからないのですが、案外、ここ半世紀ではないかと思うのです。


こちらの記事で、江戸時代から昭和後期までの育児書の変遷を紹介しましたが、その中でこう書きました。

身近な家族、あるいは狭い範囲の近隣社会の中で伝達された出産・育児の知識や技術で対応する時代から、専門家と呼ばれるひとたちから学ぶものへと急速に変化したのではないかと推察されます。

これでもかと思うほど細かく決められた冠婚葬祭のマナーも、決して昔からのものではなく戦後ぐらいにそうした「専門家」によって作り出されたという話を聞いたことがあります。


案外、このみつめのぼた餅もそんな感じで「育児のアドバイザー」の出現によって、昔からの風習のような扱いになって広がったような気がするのです。
あくまでも私の感じ方ですが。



<おまけ>


甘いものはおっぱいを「詰まらせる」から食べないように、と助産師に言われた人がけっこういるのではないかと思います。


母乳と食べ物に関しては、本当に行きすぎたアドバイスや根拠のなさそうな内容もたくさんありますが、もしかするとこの産後3日目あたりの乳房うっ積とみつめのぼた餅の「攻防戦」が、助産師の中の実践に基づく智恵として「甘いものは控えろ」になっていった可能性があるのではないかと思うことがあります。


というわけで、次回からは「母乳と食べ物」、あるいは助産師が「詰まる」と表現していることは何かなどについて考えてみようと思います。




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