散歩をする 345 長良川河口堰と弥富を訪ねる

9月31日で緊急事態宣言も解除され、出かけるのにもちょうど良い秋の気候です。ようやくできるだけ都県境を越えないと自分に課していたことからも解放されたのですが、そんな時に限ってまあいろいろと出かけられない事情が重なるものです。

 

ようやく10月の下旬に、溜め込んでいたエネルギーを爆発させるかのようにまた続けて2回遠出をしました。

 

最初は日帰りで、以前から訪ねてみたいと思っていた長良川河口堰です。

環境問題への関心の高まりと公共事業への批判という1990年代の反対運動の一つとして、記憶に強く残っています。

2019年に水害の歴史をめぐる遠出をした時に、木曽三川伊勢湾台風、そして長良川河口堰の位置を遅まきながらようやく理解できたのでした。

 

その頃に、河口堰のそばに「アクアプラザながら」という資料館があることに気づきました。

 

今年の春、佐布里(そうり)池のそばにある水の生命館を訪ねた時に、私が生まれた頃にまだ「死ぬ前までに真水を飲みたい」という地域があったことを知りました。

そして、長良川河口堰から愛知用水へと取水・送水されていることを知りました。知多半島の先端をまわったあと、いつか長良川河口堰と資料館を訪ねようという計画をいくつか立ててありました。

 

長良川から取水した水は導水管で弥富ポンプ場に送られ、そして海底を通って知多浄水場へと送水されているそうです。

地図でどの辺りだろうと眺めているうちに、弥富にはたくさん水色の四角い池のような場所が描かれていることに気づきました。

低地だということがよくわかります。

弥富市歴史資料館が目に入りました。ここを訪ねて、そして木曽川沿いにある水郷公園や輪中公園を訪ねてみようと大まかな計画ができました。

 

よくよく見ると、途中まで木曽川の真ん中にあった県境が弥富のあたりで内陸部になり、愛知県側だと思っていた木曽川左岸が愛知県と三重県に分かれています。

どんな歴史があったのだろう。

そして伊勢湾台風の頃のことを何か知ることができるだろうか。

 

いろいろなことを見てみたくなり、10月下旬に出かけることにしました。

今回は日帰りですが、あちこちを詰め込みすぎずに2箇所だけ重点的に歩く計画にしました。

 

 

 

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