津田山を越えて反対側へと平瀬川を見に行くには、久地神社前の道を反時計回りに登るとよさそうです。
まずは久地神社を訪ねてみました。てっきり水の神様かと思ったのですが、「弁財天・毘沙門天」で、そのホームページを読むと「久地」と「クジ」の語呂合わせから「今日では、宝クジ等の高額当選を願う方々にも信仰されている」とありました。
久地神社は「元禄時代に久地の農民38戸によって祀られた」とあり、二ヶ領用水が完成して70~80年ぐらいたった頃に造られたようです。現在は溝口神社の兼務神社のようですが、溝口神社の御神体は「八百万の神」とありました。
久地円筒分水を下に眺めながら、急な坂道を登っていくのですが、両側には比較的新しい住宅がずっと続いています。
途中で頂上かと思ったら、まだ坂道が蛇行して続き、ようやく見晴らしの良い場所へと出ました。
真下に久地地蔵尊の建物と池が見え、津田山の北側には窪みのように谷戸の地形があることがわかりました。
今度は下り坂でいよいよ津田山の南側、平瀬川がトンネルに入っていく場所を目指しました。
途中の斜面は、やはり住宅がぎっしりと建っているのですが、北側に比べるとおそらく1970年代から90年代ぐらいの住宅に見えます。
ところどころ石段とつづら折りの道でひな壇のような住宅地の段差を乗り越えながら降りていくと、「一級河川 平瀬川」の表示があり、トンネルの入り口とその先にコンクリートで護岸された川が見えました。
南側のトンネルの入り口は一つのようですから、中で二つに分かれているのでしょうか。
南武沿線道路に出て、一旦平瀬川から離れて下作延の交差点を渡り、より蛇行した道を選んでみました。
右手の円福寺のあたりは少し小高く、この辺りで旧平瀬川がぶつかりながら溝口の方へ流れを変えていたのでしょうか。少し歩いただけでは旧河道はわかりませんでした。
このあと、平瀬川はずっとずっとコンクリート張りの河川の風景です。
右手に雑木林が残る少し小高い場所や畑が残っていたり、おそらく防水堤のように造られた半世紀ほど前の公営住宅があったり、新たに調整池や護岸工事が行われていたり、この地域の生活の変化や水との闘いを想像しながら、ところどころ緩やかな上り坂を蛇行しながら西へと平瀬川沿いに歩きました。
*東名高速道路東京料金所のあたりの風景*
少し昔ながらの家が増えて山肌に畑が残っているあたりで、東名高速道路の下をくぐりました。
7年ほど前に久しぶりに東名高速道路を通った時の記憶が蘇り、「この辺りだったのか」とつながりました。
ここから1kmほど南西に東京料金所があります。片側の山を切り開いて造られた平地に、何レーンもの料金所があるのは、子どものころから記憶に強く残っている場所です。
そしてそこからもう一度切り通しを通過すると一気に目の前が開けて多摩川の河川敷と対岸の大都会が見える場所です。
小さい頃、都内の夜でも明るい場所から父の転勤地へ引っ越した心細さから、「戻ってきた」と感じる場所がこの辺りでした。
いえ、当時は東京料金所あたりもまだ山の中で、多摩川を渡って高井戸インターチェンジの手前あたりでようやく都内を感じるくらい、まだ住宅地は広がっていなかった記憶です。
久しぶりに通って、両側の山がぎっしりと住宅で覆われている風景に驚いたのでした。
1970年代から80年代ぐらいまであの横浜までの東横線沿線も雑木林や畑だったのが、崖っぷちにも家を建てる時代になりました。
一見、東横線沿線の変化と似ているのですが、実際に歩いてみると違うことがわかりました。
あちらは川がないのですが、この辺りは平瀬川に沿った谷戸の地形だったことです。
*河川を生活の中に残す*
東名高速の下をくぐり、しばらく東名高速と並行して平瀬川が流れています。
数メートルぐらい高い場所を通っている高速道路がぐんと近づいている場所では、高速道路のギリギリまで新しい住宅が建っていました。
ここから平瀬川は西へと流れが変わりながら、左岸側には平地が広がっています。交差点名が「平」で、小さな水田地が残っていてトラクターが作業をしていました。
その先から両岸が起伏が多い場所になり、上り坂になっていきます。
平2丁目の交差点のあたりから、右岸側の小高い場所が迫り、そこには平瀬川に降りられるような親水公園がありました。
今までの風景とはまた違い、川のそばに遊歩道があり、畑が増えてきました。
1月下旬、少し日の入りが伸びたとは言え、だいぶ陽が傾きかけてきたので先を急ぐと、右手に初山の雑木林が近づいてきました。
地図で見つけた初山親水公園と水路を歩き、今回の散歩はここまでになりました。
新百合ヶ丘駅行きのバスに乗り、平瀬川から離れて知手黒川道路を走ると、半世紀前の田園地の風景が残るような場所があちこちに見えました。
潮見台浄水場が右手の小高い場所にあり、その先に大きな工事現場がありました。リニア新幹線の工事現場のようです。近所だったら時々定点観測に来るのに残念だなと思ううちに、都市の風景が近づき、小田急新百合ヶ丘駅に到着しました。
江戸時代から現代を行ったり来たりしながら、浦島太郎の気分の散歩になりました。
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