8月に入ると相変わらず2018年の「猛暑も災害」を超える暑さが続く毎日で、九州や沖縄では大雨が続き、反対に東北や日本海側では35度を超える猛暑と、晴れても雨が降っても全国各地は厳しい天気でした。
さらにじわりじわりと新型コロナの感染が周囲でも増え、季節外れのインフルエンザや小児のさまざまな感染症と、出かけるのを躊躇する状況でした。
7月は下旬に2日連続で散歩に出かけただけでしたが、武蔵水路沿いの風に稲がうねる幻想的な風景を見ていたら、もっと田んぼを見て歩きたくなりました。
全国の天気予報と自分の休みを重ねてあれこれと作戦を立てているうちに、いつか歩いてみたいと思っていたところへ1泊2日で出かけることにしました。
2019年に八郎潟を訪ねたあと酒田に一泊し、翌日に三面川を訪ねるために乗った特急いなほの車窓から見えた広大な庄内平野です。
あの時はちょうど田植えが終わったばかりで鳥海山に少し雪が残り、それが水鏡に映っていました。
稲穂が風に揺れる時期にいつか訪ねてみたい、夢は叶うだろうかと後ろ髪をひかれながら通過したのでした。
あの頃は日本各地は遠く感じて、「もう二度と訪ねることはないかもしれない」と決死のような覚悟で遠出を始めた時期でした。
酒田で最上川の河口を見たことから、いつか最上川の流域を歩いてみたいと無謀で壮大な計画があります。
地図の上で妄想の旅をなん度もしているので、すぐに計画はできました。
7月下旬に発生した台風6号はいったん大陸へ向かったのにUターンして進路が定まらないまま停滞していましたから、ぎりぎりまで出かけるかどうか悩むことになりましたが、山形は雨雲がない予報が続いています。これは行きなさいということですね。
小学生の頃から「米どころの庄内平野」は知っていましたが、地図を見ると最上川がその水源なのだろうと思っていました。
どこから取水しているのだろうと地図を眺めているうちに、最上川が平野へと出るあたりに「北楯大堰」と書かれた水路を見つけました。検索すると、たしかに水源は最上川なのですが、かつては最上川左岸地域は水を得られなかったことを知りました。
今回は鶴岡市に宿泊することにしたのですが、近くに赤川という川があります。その川を上流にたどると堰があり「頭首工前」というバス停があります。
そこからの左岸の水路が鶴ヶ岡城の西側を流れています。
中流域の三川町を過ぎると、西へと向きを変えて日本海へとまっすぐ流れ込んでいるのは「放水路」だと見当がつきました。
では旧河道はと追っていくと、どうやら最上川へとつながっていたようです。
庄内平野は最上川と赤川の治水と利水の歴史があるらしいことが見えてきました。
連日35度を超える予想でしたから途中はバスなどを利用して行き倒れにならない計画にして、8月初旬に出かけてみました。
ということでしばらく庄内平野の記録が続きます。
2019年ごろは1泊2日の遠出なら2~3日の記録で終わっていたのに、最近はどんどんと記録が増えていき、8月の散歩の記録も2ヶ月遅れになってしまいました。
「散歩をする」まとめはこちら。