水のあれこれ 335 「奈良から見てむこう側」

2018年に久しぶりに倉敷まで往復した時はどちらもE席だったので、帰路でも目に入った武庫川の堰の美しさを見逃さないようにした記憶があります。

 

武庫川、おもしろい名前だなあ、由来はなんだろうと気になったままになっていました。

 

ダメもとでWikipediaの「武庫川」を読んでみたら、あっさり答えが書かれていました。

由来

奈良に都が置かれていた奈良時代に、都から見て武庫川は向こう側ということから「武庫川」と呼ばれるようになった。

 

当時、行基さんも「向こう側の川」を目指して歩いてこられたのでしょうか。

 

数年前にこの箇所を読んでも「ふ〜ん」と思うぐらいだったでしょうが、平城京と行基さんの時代の様子がつながってなんとも感慨深いものがありますね。

 

 

武庫川は二級水系だった*

 

だいぶ兵庫県内の河川も覚えましたし、加古川やその加古川揖保川を含む播磨五川など、実際に歩いた場所も増えました。

 

てっきり武庫川加古川揖保川と同じ一級河川だと思ったら、二級河川だそうです。

 

一級河川二級河川の違いはその川の「大きさ」というよりは、国が管轄か都道府県が管轄かの違いのようですが、それぞれの川がどうしてその区分になったのか理解するにはまだまだ勉強不足です。

 

地図とWikipediaの「武庫川」の「地理」を合わせながら見ていくと、私が歩いたあたりはこのように説明されていました。

宝塚以南では武庫川本流から農業用水が無数に引かれ、宝塚、伊丹、尼崎、西宮各市内に縦横無尽に用水路が張り巡らされている。河口に至る迄に仁川、天神川、天王寺川といった支流と合流し、尼崎市と西宮市の間を流れる下流部に於いて、両岸に松並木の茂る高い堤防となり、川底が周辺の地面より高い天井川である。第一阪神国道武庫大橋の西宮側ではかつて関西を代表する高級ホテルだった旧甲子園ホテルがその優美な姿を見せている、尼崎市西大島(当時は武庫郡大庄村)の堤防の上では、明治期に旗振り通信が行われ、尼崎市金楽寺の電報電話局別館と西宮市六湛寺の市役所前とを中継した。阪神電鉄本線より南の最下流部は汽水域であり、ハゼ釣りの名所として知られる。

(強調は引用者による)

 

ああ、やはりあの堰のそばを歩いてみたい。できれば上流から河口付近の松並木の続く堤防まで歩いてみたい。

またやり残した宿題が増えました。困りましたね。

 

*おまけ*

 

兵庫県内の一級河川由良川、淀川、円山川加古川揖保川の5つだそうです。そのうち由良川円山川日本海側ですね。

琵琶湖・淀川水系兵庫県は含まれていなかったような気がしたので、もう一度Wikipediaの「淀川」を読み直すと、新大阪駅の西で大きく曲がりながら川を越えるあたり兵庫県との県境で含まれるようです。

正確な水系を覚えるのは大変なことですね。

ああそういえば、あの中島川の水門のあたりも歩いて見たいと思っていたのでした。

 

 

 

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