事実とは何か 108 「26年度をめどに正常分娩の保険適用を目指す」?

先日、「医療機関ごとの出産費用・分娩実績が一目瞭然、厚労省が比較サイト開設へ…値上げの歯止めも狙い」という記事があり、その中の一文に「えっ?いつの間にそんな話になったのか」と驚きました。

 

 厚生労働省は今春に、各地域の医療機関ごとに出産費用や分娩(ぶんべん)実績などのデータを比較できるサイトを開設する。算出方法に不透明さが指摘される出産費用を可視化することで、妊産婦が医療機関を選びやすくするほか、値上げに歯止めをかける狙いもある。

 サイトでは、市町村ごとに分娩を実施している病院やクリニックなどの一覧を掲載し、各医療機関の〈1〉平均負担額 〈2〉平均入院日数 〈3〉年間の取扱件数 〈4〉立ち会い出産や無痛分娩の実施の有無ーなどを公表することを想定している。

 2022年度の正常分娩の出産費用は全国平均で48万2294円で、物価高の影響もあり年々増加傾向にある。昨年4月には、出産育児一時金が原則42万円から50万円に引き上げられたが、医療機関によっては50万円をこえる場合も少なくない。出産祝いの夕食や産後マッサージなどの料金が最初から負担額に含まれる医療機関があるなど、不透明さも指摘される。

 政府は26年度をめどに正常分娩の保険適用を目指す方針だが、現在は医療機関が独自に費用と設定しており、こうした状況に拍車をかけているとみられる。政府としては、出産費用を「見える化」することで、妊産婦が想定していない負担を強いられることを避けるとともに、費用の適正化を図りたい考えだ。

 また、厚労省は4月から、ちらし作成やセミナー実施などで妊産婦に積極的に情報を行う健康保険組合に対し補助金を支給する制度も始める方針だ。

(2024年2月24日、読売新聞)

 

前首相の思いつきの発言からの観測気球だと思っていたら実弾だったのでしょうか。

勤務先ではそんな話は聞いていないのですけれど。

 

念のために過去のニュースを見てみると、2023年4月5日の日経新聞に「出産費用の保険適用、26年度めど検討 厚労省」とありました。そういう方向になっていたのを私が見落としたのかと、よくよく記事を読んでみると以下のとおりでした。

厚生労働省は5日、政府が表明した出産費用の保険適用について、4月からの「出産育児一時金」の引き上げと2024年4月をめどに始める出産費用の公表制度の効果を見極めた上で検討する考えを示した。検討結果をもとに2026年度をめどに議論を始める

「めどに」がどちらにかかっているのか微妙なニュアンスですが、2026年に保険適用になると決定した意味ではなさそうですね。

 

ところが2023年7月7日には「2026年に出産費用が『保険適用』に!負担額はいくらに軽減される?」(ダイアモンド・オンライン)という記事がありました。「そうか、保険適用になるのか」と思ってしまいそうですね。

 

 

*現在は「慎重な議論を求める」「議論の期限を定めることに反対」の段階*

 

 

分娩施設に勤務する側としては、以下の情報が正確だと思ったので記録しておきます。

 

産婦人科部会声明】正常分娩の保険適用について慎重な議論を求める。

 

大阪府保険医協会産婦人科部会が下記の声明を発表しました。

 

報道関係各社御中

 

国が2026年に正常分娩の保険適用を勧める方向性を明らかにするなか、分娩医療機関よりこの動きを不安視する声が寄せられた。これを受けて大阪保険医協会産婦人科部会は「正常分娩の保険適用に関するアンケート」に取り組み、8月に大阪府下125分娩医療機関にアンケートを送付。6割を超える79件の回答を得た。

ここで示された意見のうち、重要と思われる点を上げて正常分娩の保険適用に対して慎重な議論を求める部会声明とする。

「正常分娩の保険適用」の是非について「反対」が58%、「どちらともいえない」が31%となった。ほぼ分娩のみを対象とする有床診療所と産科病院を抽出すると、76%が「反対」となっている。

総合病院においては、「反対」が40%、「どちらともいえない」が43%となっている。

それぞれの個別意見を見ると問題意識は共通しており、「分娩の対価」が保障されるか、現在の提供体制が維持できるのかを懸念する声が多数となっている。

制度設計が明らかでない現状では、リスクのある制度変更への危機感が有床診療所・産科病院で特に表れたと考えられる。

現在の出産育児金相当(50万円)で保険適用された場合の分娩の継続について尋ねた設問では、「継続できる」が44%、「継続できない」が51%となった。有床診療所と産科病院では69%が「継続できない」、総合病院では「継続できる」が60%、「継続できない」が35%

となった。ここでも、有床診療所・産科病院において強い危機感が示された。

協会産婦人科部会として、分娩医療機関のこのような意見がある中で、先般の「不妊治療の保険適用」の事例を顧みるに、重大な懸念を表明せざるを得ない。

正常分娩の保険適用について慎重な議論を求めるとともに、議論の期限を定めることに反対する。

議論にあたり、いくつかの前提を確認しておきたい。

妊婦の最大の要求は、分娩施設へのアクセスが容易であり、選択できる自由度があるということ、そのため、地域に広く分娩施設が存在する状態が望ましいこと、分娩医療機関は相応のコストがかかる一方で入院対象は分娩に限定されること、分娩総数は社会状況により決まり、一医療機関の経営努力に限界があること、そのなかで単価が固定される「正常分娩の保険適用」は、分娩医療機関を経営危機に追いやる可能性があること、これらを踏まえた慎重な議論を重ねて要望して声明とする。

     2023年10月6日 大阪府保険医協会 産婦人科部会

 

(強調は引用者による)

 

この国の医療のためにと思って働いてきても、時々盛大にはしごを外されますからね。

報道される内容にも、きちんと時系列で事実を確認しておかなければと思いました。

 

 

もう少し続きます。

 

 

「事実とは何か」まとめはこちら

あの日(2022年7月8日)から考えたことのまとめはこちら

「産科診療所から」「出産の正常と異常について考えたこと」も合わせてどうぞ。