鵺(ぬえ)のような 21 前首相の発言だけで制度が変わる政治とは

2ヶ月ほど前に、出産一時金がこの4月から増額するニュースがありました。

 

出産一時金50万円に増額、財源は75歳以上の負担増で確保…健康保険改正案を閣議で決定

(2023年2月10日、読売新聞)

 

 政府は10日の閣議で、75歳以上が加入する「後期高齢者医療制度」の保険料引き上げや、「出産一時金」の増額などを柱とする健康保険法などの改正案を決定した。高齢者医療を世代間で支え合い、子育て世帯を社会全体で支援する狙いがある。今国会での成立を目指す。

 

両親が高齢になるにつれ医療費やら介護費用の負担が増えた時に働く世代に大きくのしかかることを実感しましたから、さらに家族の負担が増えるのはため息が出そうですね。

 

そして最近は年金支給開始がどんどんと先のばしされているので、今や私のような60代前半なんて「若造」なぐらい高齢者が働いて社会保険料を納めている人もたくさんいるのですけれど、なぜ「世代間」の話にしてしまうのでしょう。

 

このニュースを聞いた時には自分の仕事に関係のある出産一時金増額のことより、この世代間の問題にしてしまうことの弊害をつらつらと考えていました。

ほんの70年ほど前まで平均寿命が60歳前後だった時代から未曾有の高齢化社会に入って、長い老後の30年ほどの生活をなんとかしなければと道を開いてきた世代の方々もかつては国の宝だったはずなのに、こうして選挙の前になると上げたり下げたりして人心を煽っているような政策の決め方にはもううんざりしますね。

 

 

そして、こういう制度を大きく変える話が「閣議で決定」されるというのはどういう意味だろうと。

 

 

*前首相というだけで一国会議員の発言とは何が違うのか*

 

ところが、その「閣議の決定」からわずか1ヶ月後には、こんなニュースがありびっくりしました。私の勤務先にも大きな影響を与える話ですからね。

 

菅前首相、出産費用の実質無償化を提言、「保険適用を」

(2023年3月10日19:15、日本経済新聞

自民党の菅前首相は10日のTBS番組で、少子化対策として出産費用の実質無償化を提言した。保険適用にした上で、それ以外の自己負担分も国の予算で措置する方法に言及した。

出産費用は原則、自費で負担する必要がある。政府は現在42万円の出産育児一時金を2023年度から50万円に引き上げる。

出産費用に関して「保険適用にした方がいい」と明言した。「全国で(出産費用に)あまりにも差がありすぎる」と指摘した。一時金では不十分な場合も多く、保険適用の方が家庭の負担は軽くなると説いた。

菅氏は首相在任中に、不妊治療への保険適用を決めた。

 

前首相とはいえ今は一国会議員にすぎないのに、1ヶ月前に政府が「閣議決定」した内容とは全く異なる提案を「提言する」とはどういうことか、さらにその日のテレビ番組での発言が夕方にはニュースになるのですから、前首相の発言というのは何か力を持っているのでしょうか。

それは議会制民主主義の国と言えるのでしょうか。

 

さらにその10日後には「出産費用そのものを保険適用に」という発言がニュースになりました。

菅前首相「出産費用そのものを保険適用に」 妊婦の健診費用なども国が支援すべきとの考えを明らかに

(2023年3月20日、日テレNEWS)

自民党の菅前総理大臣は、少子化対策として、出産費用を保険適用にした上で、妊婦健診の費用などについても国が支援すべきとの考えを明らかにしました。

菅前首相「若い夫婦には、大きな負担になると思っていますので、出産費用そのものを保険運用をさせていただいて、そうして、個人負担分を支援をしていく」

また、菅氏は、出産前の妊婦の健診についても、「保険適用の対象にすべきで、自己負担分を支援すべき」との考え方を示しました。

政府は、今年4月から出産育児一時金を50万円に増額しますが、一時金を増やすとその分、病院側も出産費用を値上げする問題が指摘されています

菅氏はこうした問題や出産費用の高騰に触れた上で「保険適用を実現する方が現実だ」と強調しました。

(強調は引用者による)

 

 

二十年前ほどの産科医療崩壊と言われた時代からどうやって周産期医療を立て直すかという時期に、実際には分娩費用というのは一件あたり60万以上はかかるという話もありました。

周産期医療の安全性の確保のためには人件費や高額な設備費がかかります。

さらにサービスを求められる時代に入って、30年前とあまり変わらない額の出産一時金ではとてもまかなえないような分娩の安全性と快適性を維持することが求められるようになりました。

 

おそるおそるSNSの反応を見に行ってみたら、案の定、「きっと値上げするあこぎな分娩施設があるはず」という意見がけっこう書き込まれていて凹みましたね。

こうしてまた分断がジワリとできていくのですね。

書き込んだ人たちはおそらく、お産にゼニをかける必要はないと出産の安全性も女性の尊厳もないような時代がほんの数十年前まであったという分娩費用の歴史を知らないことでしょう。

 

 

*制度の根幹に関わるものは一政治家の思いつきではなく議論で*

 

 

「出産費用が全国であまりに差がありすぎる」ので全国一律に保険でまかなうとなれば、物価も地価も高い地域では反対に全国一律の保険収入で分娩施設を経営するのは無理ということになるのではないでしょうか。

 

長年周産期医療を支えてきた多くの人が路頭に迷うことにもなりかねないのに、「前首相」「元首相」という方の個人の意見とか発言にはどんな意味があるのですか?

こんな根本的な問題を話し合う専門委員会もないのでしょうか。

 

選挙前のお金の帳尻の話で物事を決めてしまうと、「普遍性と平等性の確立」という近くて遠いお隣の国のような理念を守ることができるのでしょうか。

 

 

*おまけ*

なんだか久しぶりに黒い記事になりました。以前はちょっと黒というタグがあって、何かを糾弾したくなるのを抑えながらも辛辣なことを書くことがありました。

できるだけそういう書き方はせず、時間をおいて物事を咀嚼しながら考えた後に書くようにと訓練しているつもりなのですけれどね。

でも今の政治はこういうぬめっと逃げ切りながら決定していく手法が多すぎて、おかしいですね。

 

 

 

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