カンガルーケアを考える 3 <カンガルーケアの定義>

<カンガルーケアの定義>


カンガルーケア・ガイドラインワーキンググループの「根拠と総意に基づくカンガルーケア・ガイドライン」のエビデンスの背景では以下のように書かれています。
http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/kc/fukyu/5_kc.pdf

出生直後のカンガルーケア(skin to skin contact:肌と肌の接触と呼ばれることもありますが、本ガイドラインではこの「ケア」もカンガルーケアと称します)とは、生まれて間もない児を、母親の素肌に胸と胸を合わせるように抱かせ、その上から温かい掛け物で覆うことをいいます。

skin to skin contact「も」含まれるという表現は、カンガルーケアはさらに何かプラスアルファの方法であるということなのでしょうか。よくわからないですが。


素朴な疑問はさておいて、カンガルーケアについては少し検索しただけでもその定義や経緯について書かれた記事やブログを探すことができます。
けれども、実際には報道で伝えられる内容や周産期関係者を含めた社会の認識にも混乱があるように思います。
カンガルーケアというよりも、「母子の早期接触」「分娩直後の早期授乳」で起きた事故もカンガルーケアとして報道されていたりしますが、定義どおりに解釈すると、赤ちゃんとお母さんが「素肌」で触れ合うことを指すようです。


長崎で「カンガルーケアによる事故」として報道されたご両親の「がんばれこうたろう」というサイトがあります。
(そこにはこうたろう君の写真があり、ご両親がどんな思いで毎日記事を綴ってこられたかを思うと参照としてリンク先を表示する気持ちにはとてもなれません。が、是非、皆さん読んでみていただきたいです。)
カンガルーケアをご存知ないまま、助産師に「カンガルーケア」を勧められた様子が書かれています。

助産師が肌着一枚の赤ちゃんを連れてきて分娩台で右を下にして横たわっている私に抱かせました。抱くというよりは、右腕に乗せて、胸に顔をのせるような感じに。

カンガルーケアというよりも通常の分娩直後の早期授乳時に起きた事故ではないかと、報道された時点から私は感じていました。
また、帝王切開後の母子同室・添い寝での事故も「カンガルーケア」と報道されましたが、正確にはカンガルーケアではないのではという印象があります。
でもご家族にすれば分娩直後には元気だった赤ちゃんが一転して生命の危機に陥ったということは、それが本当のカンガルーケアか否かは全く意味がないことです。
ただし、周産期関係者としてカンガルーケアの問題を考えるときには、事故が起きた状況や背景を分けて考える必要はあると思います。


でも、この長崎のご両親が「こうたろうらくがき帳ーカンガルーケア」http://9324.teacup.com/koutarou/bbs(こちらは掲示板なのでリンク先を表示します)に書かれていたことを読んで、愕然としました。

一番ショックだったのが、カンガルーケアのガイドライン作成に携わった医師から、私たちの場合は「ガイドラインに沿ったやり方ではないので、それはカンガルーケアではない!それなのにカンガルーケアに対して色々と文句を言うなっ!」みたいな事を言われたことです。
(2011.1.29 21:01:49)

私にはご両親が書かれた内容しか確認の手段もないのですが、事実であればカンガルーケアの普及に水をさすなという感じであまりにも・・・な話です。




<カンガルーケアの対象>


ガイドライン総論の「ガイドライン作成の流れ」ではカンガルーケアの新生児の対象を3つに分けています。
http://minds.jcqhc.or.jp/minds/kc/fukyu/2_kc.pdf

トピック1  全身状態が落ちついた低出生体重児に対する「カンガルーケア」
  全身状態がある程度落ち着いた低出生体重児には、まず母子同室を行った上で、できる限り24時間継続したカンガルーケアーを実施することが薦められる。(注は省略)

トピック2 集中治療下にある児に対する一時的な「カンガルーケア」
  集中治療下にある児へのカンガルーケアは、体温・酸素飽和度などのモニタリングで安全性を確保し、児の経過・全身状態から適応を入念に評価する必要がある。さらにご家族の心理面に十分に配慮する環境が得られた場合、実施を考慮する。(注は省略)

トピック3 正期産児に出生直後に行う「カンガルーケア」
  健康な正期産児には、ご家族に対する十分な事前説明と、機械を用いたモニタリングおよび新生児蘇生に熟練した医療者による観察など安全性を確保*注6 したうえで、出生後できるだけ早期にできるだけ長く*注7、ご家族(特に母親)とカンガルーケアを実施することが薦められる。
*注6 今後さらなる研究、基準の策定が必要です。
*注7 出生後30分以内から、出生後少なくとも最初の2時間、または最初の授乳が終わるまで、カンガルーケアを続ける支援をすることが望まれます。  

トピック1、2はNICUやGCUに入院中の低出生体重児や早産児を対象にした内容のようです。
通常の産科施設ではトピック3が主な対象者になりますので、ここではトピック3に関して考えていきます。


「健康な正期産児」この表現で、私はまずつまづきそうになるのです。
出生直後の新生児に対して、「健康な」とはどういう意味なのでしょうか。
出生直後1分、5分の時点での赤ちゃんの呼吸や皮膚色、筋緊張などを点数化したアプガールスコアという指標があります。
7点未満であれば「新生児仮死」と判断しています。
8点以上であれば「元気な赤ちゃん」と思いますが、「健康な赤ちゃん」というのはどうもなじまない表現です。
出生後5分の時点で一見元気でも、時間がたつにつれて呼吸や体温の異常が出てくることは珍しいことではありません。
やはりどんなに問題のないお産で生まれた元気な赤ちゃんでも、「出生直後の新生児は呼吸・循環ともに非常に不安定な時期にある」としか表現の仕様がないと思うのです。


何か「健康な正期産児」という表現は、お産は終わってみなければ正常かどうかわからないのに正常なお産は助産師だけで介助できると同様の倒錯した表現のように感じてしまいます。


また、ガイドラインのコンセンサスの中では2008年の評価メンバーの12人中2人から「帝王切開に関しては安全性・有効性ともに根拠不十分である」「異常分娩に対して慎重に対処する必要がある」という意見が出されています。
しかしその後の検討では、後期早産児と帝王切開で出生した児に関しては「さらなる研究が待たれます」と書かれているにとどまっています。
しかし、2009年8月には名古屋大学医学部付属病院で35週5日、2200gの早産児・低出生体重児がカンガルーケア中に呼吸停止になったほか、帝王切開後のカンガルーケアの事故についてもいくつか報道されています。
分娩経過に問題のなかった新生児でさえ「呼吸・循環が不安定な状況」であるのに、帝王切開児・早産児・低出生体重児はさらに注意が必要です。


ひとつでも重大事故が発生したら一旦すべてを中止する、という判断になぜならないのかが理解できません。


継続し続けることを選択するほどカンガルーケアの有効性はリスクを上回るものなのか、次回からは有効性について考えてみたいと思います。




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