カンガルーケアを考える 4 <ガイドラインの家族への説明>

カンガルーケア、出生直後にお母さんと赤ちゃんが素肌と素肌を合わせて抱っこする、その効果はどのようなものでしょうか?


ガイドラインに家族への説明用紙が添付されています。
http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/kc/fukyu/5_kc.pdf
そこには以下の記述があります。

はじまりは?
健康な正期産児の出生直後のカンガルーケアは、主に進化論的視点からその重要性が証明されてきました。日本では病院出産が主流となり、生後早期の母子分離や母乳率の低下が問題視されるようになってから、その重要性が再認識されました。

効果は?
母子相互関係、母乳育児、児の体や情緒の安定化などに効果があることが研究で明らかになっています。

どれくらいの時間
明確な科学的根拠はありませんが、赤ちゃんとお母さんの状態が許せば、出生後30分以内から、出生後少なくとも最初の2時間または最初の授乳が終わるまで、カンガルーケアを続けることが母乳育児に効果があると言われています。赤ちゃんが自分自身の力でお母さんの乳首に吸い付けるよう環境を整えてあげましょう。

<進化論的視点と母乳育児の効果>

家族への説明用紙なのですが、いきなり「進化論視点」なんて書かれても煙に巻かれるようですね。
ガイドラインの「科学的根拠の詳細」のほうがわかりやすいかもしれません。カンガルーケアの有効性について3項目について書かれています。

母乳育児
生後24時間以内にカンガルーケアを実施した群は従来のケアを実施した群と比べ、初回授乳の成功率、生後1〜4ヶ月の母乳育児状況、母乳育児継続期間、乳房トラブルの頻度、不安感、母親の母乳に対する児の嗅覚的認識において明らかに良い結果が見られました。

児の体のサイン
生後24時間以内にカンガルーケアを実施した群は従来のケアを実施した群と比べ、児の体温保持、泣く回数、リラックスした手足の動き、血糖値、呼吸循環の安定化において良い結果が見られました。

母親の愛着行動
生後24時間以内にカンガルーケアを実施した群は従来のケアを実施した群と比べ、母親の愛着行動、生後早期の母子の接触行動、1年後の児の愛護的な抱き方や触れ方に良い効果が見られました。


疑問1.母子相互関係に悪影響を及ぼす「従来のケア」とは?


この30件のランダム化比較試験のシステマティックレビューについて、ガイドラインでは「従来の(母子)が離れたケア」としか書かれていません。
たとえば私が助産師学生だった二十数年前の大学病院では、体重などの計測が終わってタオルにくるまれた赤ちゃんは一瞬お母さんに抱っこされたあと新生児室に連れて行かれて、翌日の初回授乳までお母さんに会うことはありませんでした。
卒後働き始めた病院は普通の総合病院でしたが、その頃では先駆け的に分娩台での早期授乳や抱っこ、母子同室を取り入れていました。
1990年代以降、私が勤務した全ての病院で普通に分娩台での授乳やお母さんが希望した時から同室をし、いつでも新生児室で預かる体制だったのですが、カンガルーケアをすることはそういう体制と比べてさらに有効性が本当に認められるのだろうかと疑問です。
ガイドラインの「エビデンスの背景」には以下のような記述があります。

病院出産において、出生直後から児が母親より引き離されてケアされることが生後早期の母子相互関係に悪影響を及ぼすことが示されています。

参考文献は外国の論文ですが、「悪影響」とはどんなことか「悪影響を及ぼす」ほどの引き離され方というのははどういうものなのでしょうか?
カンガルーケアよりも先に、まずは改善できるケアを明確にしたほうがよいのではないかと思います。


疑問2.上記の効果は意味があるものか、またどのような評価方法があるのか?


私は研究についてはど素人なので、素朴な疑問です。たとえば「初回授乳の成功率」ってどういう意味なのでしょうか。私の勤務先では分娩直後の授乳や抱っこはしていますが、中にはおっぱいを近づけても吸わずにじっとお母さんに抱っこされて静かにしている赤ちゃんが時々います。お母さんにすれば「吸ってくれない」と不安でしょうから、「大丈夫、そのうちに吸いたくなるから」とお話します。
だいたいこういう赤ちゃんは出生直後から腸が活発に動き始めていて、早いうちからいきんだり胎便が出始めているように思います。(このあたりは個人的な体験に基づくものなので、エビデンスレベルは低い話として受け止めてください)そして1日、2日ぐらい積極的に吸わなくても、だいたい生後2日目あたりからよく吸うようになります。この場合、カンガルーケアもしていないし早期授乳もできていないので、新生児にしたら大失敗になるほどの大きな影響を与えるものなのでしょうか?少なくともそのような経過は「失敗」とは思えないのです、私には。
カンガルーケアをした場合としなかった場合で、「生後1〜4ヶ月の母乳育児状況」「母乳継続期間」などに与える「良い効果」というのは具体的にどういうことなのでしょうか?
「わたしはカンガルーケアをした」という気持ちが、「授乳を頑張ろう」という動機付けに強く作用するということでしょうか?
ステマティックレビューは北米、アフリカ、欧州など9カ国の研究を対象にしたもののようですが、最初からミルクだけを選択する人が多い国もあり、日本とは母乳実施率そのものが違うのではないかとも思います。このあたりはまだ調べる必要がありますが。
「児と体のサイン」にあげられた項目を見ても、それでよい効果を観察することができるのでしょうか?
たとえば「泣く回数」について、反対に「カンガルーケアをしなかったから効果がない」とみなすのは、「しょっちゅう泣く」「ぐずる」などを指すものでしょうか?泣き方にしても赤ちゃんひとりひとりの持つ個別性も出生直後からあるし、また同じ赤ちゃんでもよく泣く日もあればおとなしい日もありますよね。
「母親の愛着行動」の「1年後の児の愛護的な抱き方」の良い効果って、そうやって検証できるのでしょうか?抱き方のうまさのようなものは客観的に表現できるものなのでしょうか?こわごわとぎこちない抱き方でも、赤ちゃんを大事に世話をされている初めてのお母さんたちはたくさんいらっしゃいます。何か問題になるのでしょうか?また、ご自身の出産前に乳児に接する機会があるだけでも、赤ちゃんへの緊張感はだいぶ少なくなります。
お母さんたちは、このカンガルーケアの「効果」をどう受け止めるのでしょうか?
「うちはカンガルーケアをしたから、・・・」というのは、「確証バイアス」つまり思い込みにすぎないのではないかと思います。


疑問3.「明確な科学的根拠がない」のに、できるだけ長く実施する意味は?


カンガルーケアは「できるだけはやく、できるだけ長く」薦められています。
でもどうやら根拠はないとガイドラインには書かれています。反対に、事故の報告書では長く実施するほど異常の発生率が高くなっています。
幸いにも事故も起きずに無事2時間、胸の上で素肌で赤ちゃんを抱っこできたとします。
その体勢ではお母さんは赤ちゃんの顔をじっくり見ることもできなさそうですね。分娩直後にタオルにくるんで抱っこしてもらう時でさえも、抱き方を配慮してあげないとお母さんは「赤ちゃんの髪の毛しかみえない」ことがしばしばあります。
お母さんは赤ちゃんの表情もじっくり見たいことでしょう。
またお父さんや祖父母に抱っこされたり写真をとったり、家族でわいわいとおしゃべりしたり、そういうことはカンガルケアーの実施を妨げることになってしまうのでしょうか?
なんだか不自然と思います。
また、出産直後のお母さんの中にはほんとうに「全力を出し切った」という感じでくたくたになっている方もいらっしゃいます。私たちから見たら時間も短く超安産の方でも、関係ないようです。「赤ちゃんにあったら感動して泣くかと思ったけれど、もう真っ白だった」というお母さんもけっこういます。抱っこを薦めても「今はいいです」とおっしゃる方もいます。
本当にお産は、力を使い切る作業でもあると思います。
休みたい、そっとしておいて欲しいと内心思っても、「母子に有効性が認められたカンガルーケア」と言われたら断りにくいだろうなと心配になります。

「科学的根拠に基づく」カンガルーケア・ガイドラインですが、どうも私の日々働いている実感とはかけ離れた結果という気がします。
「根拠」とは何か、「効果がある」とは何か、科学を装った話が出産・育児の周辺には多いですね。


疑問4.カンガルケアーの有効性はすべての母親を対象としているのだろうか?


母乳育児に関して言えば、授乳経験・子育て経験がある経産婦さんであれば、二人目の赤ちゃんはほとんど私たちの介助も必要としないで授乳を開始できます。乳房トラブルも初産婦さんに比べれば格段に少なくります。一人目と二人目ではお産の経過が違うように、おっぱいもキャリアが違う!という感じで赤ちゃんが吸い付きやすいようにやわらかいし、分泌の始まりも早いです。
「久しぶりの新生児、こわい!」といいつつ、赤ちゃんの泣き方にすぐ反応して抱き方を変えてみたりすぐにおっぱいを吸わせてみたり、経産婦さんは初めてのお母さんに比べて、「母親の愛着行動」という点でもキャリアが全然違います。
多少手荒に(!)赤ちゃんに接していても、経産婦さんの赤ちゃんはあまり泣きません。「今回の子はおとなしくていい子だわ」と皆さんおっしゃられるのですが、それはお母さんの一人目の子育ての体験がいかされているからなのだと思います。
カンガルーケアをしなくても経産婦さんとその赤ちゃんは、研究の項目では「よい結果」を出せるのではないかと思います。
経産婦さんについて言えば、やってもやらなくても赤ちゃんへの接し方や母乳育児には大差ないのではないかと思うのです。
初産・経産婦での比較はされているのでしょうか?
また大事なことですが、すべての母子が母乳育児をするわけではありません。事情により最初から完全にミルクの場合もあります。
カンガルーケアの効果を「進化論的視点」とか「母乳育児に効果」と謳うことは、そこには「母乳で育てることはよいこと」という価値観の部分のメッセージを強く感じてしまうのです。


というわけで、次回は進化論的視点と母乳育児推進のためのカンガルーケアについて考えてみます。




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