「早期母子接触」ってなんですか? 4 <危険性には慎重な対応を>

今年に入ってから、カンガルーケアあるいは早期母子接触についての注意喚起の話題がたびたび聞かれました。
少しずつインシデントレポートやヒヤリハット報告などが蓄積されてきたということでもあり、その結果が公開されることはよいと思います。


ただし報道などのタイミングというのは、たぶんに政治的意味合いがあるのではないかと感じています。


今回の10月17日に出された「『早期母子接触』実施の留意点」が公開された翌日に、以下の報道がありました。

「カンガルーケアで障害」両親、自治医大と国を提訴
 

自治医科大学付属さいたま医療センター(さいたま市)で生まれた長男が障害を負ったのは、産後の「カンガルーケア」が原因だったとして、桶川市の両親らが17日、同大と国に約2億8千万円の損害賠償を求める訴訟をさいたま地裁に起こした。


 訴状などによると、長男は昨年5月13日に誕生。羊水異常による低酸素血症の疑いがあったが、助産師は乳児を母親の胸に抱かせる「カンガルーケア」をさせたまま病室を去った。約40分後に戻ったが、長男は心肺が停止しており、応急処置で一命をとりとめたものの、目が見えなくなるなどの後遺症が残ったという。


 原告側は「羊水に異常があった場合、カンガルーケアは適さないことが医療センターのマタニティブックに記載されていた」と指摘。病院は母親に対する十分な説明や母子の経過の観察を怠ったとしている。国についても、「危険性を指摘する研究会の報告があったのに、カンガルーケアを促進するガイドにそれを記載しなかった」ことを過失だと主張している。


 厚生労働省自治医大も「訴状をみていないのでコメントできない」としている。
朝日新聞 apital :2012年10月18日3時15分)


「羊水異常」と「低酸素血症」の疑いということが、具体的に何を意味しているのがよく読み取れない記事です。


またリスクの説明不足に焦点があたっているような内容ですが、もし国や病院側の責任を問うのであれば、分娩直後に助産師が産婦さんの側を離れざるを得ない状況が現実に多々ある中で、なぜ早期母子接触のメリットを強調して進めてきたかという点ではないかと思います。


<分娩直後の助産師の業務はどれくらいあるか>


「早期母子接触」によって亡くなったり後遺症を残された方々やそのご家族のお気持ちを考えると、言葉がでてきません。


そして私には、そういう事故に遭遇した助産師やスタッフがどうしているのかもとても気にかかります。


もし産婦さんに十分な配慮ができなかったり基本的な観察もおろそかにするようなスタッフであれば、当然その資質を問われることになるでしょう。
ルチーンの業務として「早期母子接触」をさせて、自分はゆっくりお茶でも飲んでいたとか。


でもおそらく事故に遭遇したスタッフは、お母さんと赤ちゃんによいと言われていることは一生懸命にしてあげたいという思いで実施していたのではないかと思うのです。あくまでも推測にすぎないのですが。


大学病院など大きな施設では分娩後の後片付けをする助手さんがいる場合もあるかもしれませんが、多くの施設では分娩後の機材類の後片付けから清掃まで助産師が行っているのではないでしょうか。


胎盤を計測し、血液の付着した機械類を洗浄して滅菌消毒に出せるように整備する。
大量に出る感染性ゴミと普通ゴミなどを分別して片付ける。
周囲に飛散した血液や羊水を拭き取り、清掃する。
次の分娩に備えて、物品を過不足なく準備する。
その間、産婦さんと赤ちゃんの状態も十分に注意をしながら同時に片付けていきます。
これだけでも軽く20〜30分はかかってしまいます。


さらに、助産録、看護記録、処置伝票の記載、母子手帳記録と出生証明書の作成など、さまざまな事務処理もあります。


分娩介助に専念できるシステムならばこういう事務処理も後回しにできないこともないのですが、他の産婦さんや褥婦さんのケアもあるのでできるだけその場で片付けていかないと、他の業務ができなくなります。いつ次のお産が入ってくるかもわからないですし。


「上の人から何か言われる」ことのない私ぐらいの年代になると自分のペースで仕事もできるのですが、大きな施設であれば滞りなく業務をこなしていかなければ、先輩や同僚からも注意されてしまうことでしょう。


「母と子にとって大事なケア」「こうすれば母乳哺育がうまくいく」などの世の中の雰囲気があれば、やはりそうしてあげたいと一生懸命になることでしょう。自分が事故に遭遇するまでは。
積極的に「早期母子接触」を実施する施設であればなおさら、自分の判断で「今は見守る人手がないのでしません」なんて、言える雰囲気ではないことでしょう。


「側について見守る」ということは、今までよりも分娩時にもう1人スタッフが必要な業務が増えたということです。
それに見合った人員増員はされたのでしょうか?
そうした安全対策には配慮がされずに業務量だけ増えたのであれば、管理者側の責任が問われることでしょう。


<現場の危険性が増えることにもっと慎重に>


いつ頃から、どこで「分娩直後すぐに母親の胸の上で裸の赤ちゃんを抱く」ことが広がりだしたのかは記憶にありませんが、最初はちょっと変った試みで「うちではこんなことをしています」という話題性ぐらいだったのではないかと思います。


それはそれで安全性に十分気をつけて実施できる施設であれば、いろいろ試みるのも構わないと思います。


でも助産師になってからの二十数年を振り返っても、何かが話題になると一気に研修会として広まっていくのは驚異的ですし、医療の他領域にはない独特の雰囲気があると感じます。


安全性の検証をする組織的なものもないまま、フワーッと広がっていくという感じです。


水中で分娩?
大腸菌とか感染の危険性はないの?と調べても、助産関係からすでに水中分娩のノウハウ本が出版されています。
事故はないの?と調べても、出てくるのは感動話ばかり。


フリースタイル分娩?
すべりやすい胎児を落としたり、介助の未熟さでひどい裂傷ができたケースはないの?どれくらいの経験量の助産師なら対応できるの?
ノウハウ本を読んでも、多少のデメリットが書いてあるくらいで事故報告と安全対策の情報はでてきません。


これで皆さん、安全性は大丈夫と思っているのでしょうか?


そしてそれを研究者や教育関係者がよいお産に必要な「助産ケア」というお墨付を与えれば、現場の助産師はやらざるを得なくなるでしょう。
ええ、自律した助産師による産婦にとって快適なケアですから。


「早期母子接触」もしかり。
これは母子にとって良いことだからと現場にプレッシャーをかける人たちは、実際に怖い思いをする人たちではないでしょう。
たとえは悪いですけれど、自分は徴兵されずに徴兵制を復活させろという人と同じようなもの。



どうぞ「早期母子接触」で重大な事故に遭遇したスタッフの精神的フォローをしてあげてください。
そして安全性が十分に検証されないかぎりは、やめましょう。


一番大事なこと。
それは、「早期母子接触」をしなくてもちゃんと赤ちゃんを育てていらっしゃる方がたくさんいるから大丈夫ですよ、と広い視野に立って言える専門職を育てることだと思います。