産後ケアとは何か 14 <昭和40年代、無介助分娩が多かった地域>

前回に引き続き、1975(昭和50)年に岩手県の状況について書かれた「母子保健センターのあり方」を参考に、当時の医療格差の大きな問題点とされた無介助分娩についてみてみようと思います。


無介助分娩というのは、医師あるいは助産師の介助がない出産です。


<昭和40〜50年代の岩手県山間部の無介助分娩>


母子保健に関する啓蒙活動によって、岩手県の山間部地域でも乳児死亡率・周産期死亡も県平均に近づき、クル病もなくなっていった中で、「残された大きな1つの課題」がこの無介助分娩だったようです。

それは昭和46年12%から昭和48年11%で減少傾向がストップし、乳児死亡をもたらす母親が同じ母親であると言う現実である(乳児死亡は必ずしも無介助分娩とは直結しないが)。

「わが国の妊娠・分娩の危険性は?」に、「わが国の分娩場所」(p.5)の表があります。


それを見ると、1965(昭和40)年に「自宅・その他」が数%はあったものが、1975(昭和50)年にはほとんどが病院・診療所・助産所での分娩になっています。
「自宅・その他」の中でも、助産婦が赴いて介助しているものも含まれますから、全国的には無介助分娩はなくなりつつある時期でした。


その同じ時期に、12%近くのお産が無介助分娩であった地域があったということです。


<無介助分娩実態調査より>


冒頭の報告の中に、昭和48年に無介助分娩を行った37名についてのアンケート調査の結果があります。


同じ女性が過去に妊娠・出産したものもあわせた延出産131回のうち、無受診が10%もいます。


分娩介助者は、「なし1例、1%、医師4%、助産婦17%、その他が78%であり、このその他は、姑、隣の主婦、時には主人である」とのことです。


分娩予定場所として「自宅と実家が84%、病院・助産所16%」とあり、意図せずして無介助分娩になってしまった方もいるようですが、最初から医師・助産婦の介助を受けるつもりがなかった場合も多かったようです。


無介助分娩をした主たる理由として、以下のような回答があります。

留守番がいない、分娩が早く間に合わない、姑がやってくれる、家の方が安心できるとの回答がベスト4で、金がない、面倒くさいなども5%に認められる。また、その他が26%となっているが、その中には、曖昧な態度が多く、妊娠を取り巻く背景の複雑も加わっているのではないかと推察される。

「間に合わない」に関しては、「バスが一日2往復」、自家用車の保有率34%といった交通手段の問題もあるようですが、「無介助分娩を当然としている人が34.4%」とあり、以下のように書いています。

単に地理的条件や、交通網の整備により、あるいは母子健康センターの積極的な働きかけのみにより改善される状況ではなく、歴史的生活の磁場に密着した部落、家に横たわる因習、さらには心情的因子も内在しており、知識のみの指導により、ただちに改善可能な問題でないことを知った

長く生きつづけている生活の基盤に対し、お互いに暖かい思いやりを示すと共に、総合的理解の上に、徐々にこの問題を解決する努力を続けなければならない。


当時の、医学モデルとしての母子保健と社会モデルとの葛藤が、伝わってきます。


また、母子健康センターの助産部門を利用することで経済的な問題には対応できるようになったとはいえ、「母子健康センターは、予定日±14日の範囲内でなければ不許可になる」つまり、38週未満の妊婦は受け入れていなかったことも背景の一つではあったようです。


<無介助分娩と産後の休養、時代の急速な変化>


この報告書には産褥期の休養については書かれていませんが、20〜30%という妊娠中毒症の発生率の高さから考えると、休養をとれない、体調が悪くても休めない、あるいは体調が悪くても受診できない状況があったのではないかと思います。


また、塩分の多い、わずかの副食物にかたよった低栄養などもあるかもしれません。


この地域の考え方を変えていった可能性としては、1970年代頃から急速に保有率の高くなったテレビや自家用車により、閉ざされていた地域へ情報が入るようになったこともあるかもしれません。


母子共に安全に出産するために産前・産後の休養は大事であることがこの地域に根付いたのは、おそらくこの30〜40年ほどというそう昔のことではなかったことでしょう。


<おまけ>


岩手県の周産期医療情報ネットワークシステム「いーはとーぶ」は、周産期関係ではよく話題になります。


今回紹介した報告と、もうひとつ1979(昭和54)年に書かれた「岩手県における母子健康センターと母子保健活動」を読むと、当時から現在に至るまでの関係者の方々の苦労と努力が築きあげてこられたシステムであることがわかります。





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