先日、久しぶりに新宿駅の西口に行きました。
2度目の緊急事態宣言が出る前までは月に何度か通っている場所ですが、1ヶ月ぶりぐらいでしょうか、風景が変わっていました。
地下道へ入る階段の壁に沿って段ボールハウスが数カ所できていて、路上で暮らす方の姿がありました。
西新宿周辺の淀橋浄水場跡からの開発の変化は、ちょうど私が10代から20代の頃でした。
高層ビル群と洗練された通路や動く歩道などと正反対の風景が、段ボール村と呼ばれた地下通路に続くホームレスの方々の住まいでした。
その後、1990年代には強制排除が行われたことはニュースになり、次第に地下道にその姿はなくなりました。
それ以降も、都庁の地下の入り口には常に数件のダンボールハウスがありますが、駅周辺で見かけることはなくなりました。
今回の感染症の影響で家を失った人だろうか、でも事情はわかりません。
1980年代に知人の医師に連れられて簡易宿泊施設への無料診療に同行していた頃は、出稼ぎで日雇いの仕事から次第に体を壊し、出稼ぎをしなくてもよくなった時代には故郷に諸事情で戻れないそんな人が多いようでした。
ホームのない貧しい人のために門戸を開くサンクスギビングの話に心を動かされていた20代でしたが、現実の問題は善意と正義感ではなすすべもなく、今もまだどうしてよいのかわからず、先日も下を向いて通り過ぎました。
*住むところを失う*
ただあの頃と違うのは、高齢になればなるほど居住費がかかる可能性と、それまで暮らしていた馴染みのある風景をあきらめなければいけない可能性がもう少し私自身の現実の問題として感じられるようになったことでした。
最期がどうなるか誰もわからないので、どのように何を準備したらよいかも見当がつきません。
せめて「文化的な生活を維持できる居住環境」を国から最低限保証してもらえれば、だいぶ将来は明るいのですけれど。
大火によって移住とか災害によって移住という歴史は知っていても、まさか感染症で住まいや仕事を失うことが現代に起こるとは思いませんでした。
政府の「新型コロナウイルス感染症で影響を受ける国民の皆様へ」を読むと、さまざまな保証や免除が模索されていて、イデオロギーを超えて、こういう点はすごいことだと信頼感があります。
何と言っても未曾有の感染症拡大ですからね。
今回の「感染症で家を失う、仕事を失う状況」について、さまざまな角度から検討されて、次のいつかに備えられるといいですけれど。
「事実とは何か」まとめはこちら。