散歩をする 276 清水谷公園

2015年ごろから散歩するようになりました。

最初は本当に近所を歩くだけだったのが、次第に川沿い湧水を訪ね歩くうちに、最近では都内の地図を眺めるとほぼ水のそばは歩き尽くした感じです。

「歩き尽くした」は言い過ぎかもしれません。8割ぐらいは、上流から下流まで流れをたどったり、支流を歩いたりしています。

地図にある小さな水色の箇所も、どんな池だったか、どんな地形だったかも地図から思い出すことができるようになりました。

 

1月8日に緊急事態宣言が出されてからは、まだ都内で歩いていない水色の場所を訪ねています。

 

 

紀尾井町

 

1980年代初頭、四ツ谷に週に1〜2回出かけていました。

丸ノ内線赤坂見附駅を過ぎてしばらくすると、トンネルから抜けて四ツ谷駅まで明るく外の風景になります。

地下鉄と同じかそれより低い位置に上智大学のグラウンドが目の前に広がり、その向こうの一段と高い場所に上智大学がそびえ立っている風景でした。

階段を上がって四ツ谷駅の改札を出ると、新宿通りや上智大学と同じ高さになります。

当時はなぜ、そのような構造なのか考えたこともありませんでした。

 

いつ頃からか、江戸城の外堀と都内の地形が少しづつ繋がるようになりました。

 

以前、この紀尾井町が気になって歩いたこともあります。

内藤新宿から半蔵門へと玉川上水の流れを追って歩いた時と、いつもは地下鉄で過ぎていた赤坂見附から四ツ谷までの地上を歩いてみた時です。

 

外堀の弁慶堀と迎賓館の間の道はちょっとした谷間という感じですし、新宿通りにつきあたるとその道は江戸城へと続く尾根筋という複雑な地形です。

子どもの頃から、都内は平地ばかりとなぜ思い込んでいたのか不思議ですね。

 

*清水谷公園*

 

その紀尾井町清水谷公園があります。

まだ行ったことがなかったのですが、その周辺の紀尾井町は「だいたい歩いて知っているし」と、散歩の新たなコースとしては思い浮かばないままでした。

 

遠出ができない今、都内をほとんど歩き尽くしたし、仕方がないからまだ行ったことがないここへと出かけてみました。

 

永田町駅を降りてプリンス通りのビルの間をしばらく歩くと、清水谷公園へと入り口があるのですが、見逃してしまうほど小さな道です。実際に見逃してしまい、後戻りしました。

 

地図ではその細い道の先に公園があるのですが、崖のようになっていて、その斜面から公園でした。

膝がガクガクしそうな階段を降りると、林の中に池があります。

「清水谷」の意味が理解できました。

清水谷公園のある紀尾井町は町名の由来の通り、江戸時代の紀伊紀州徳川家)、尾張尾張徳川家)、井伊(井伊家)のそれぞれの屋敷があっった場所。紀州徳川家と井伊家の境からは清水が湧き出し、一帯は清水谷と称されていました。

 

公園の前の紀尾井町通りを道なりに歩くと、ホテルニューオータニ上智大学の間の道が、見上げるような坂道でした。紀尾井町通りはそのまま上智大学の裏手を新宿通りまで続いているのですが、そこもまた上智大学が一段も二段も高くなっている谷間のような場所でした。

いつも四ツ谷駅から見ていた風景の裏手に、こんなに険しい坂道があるとは知りませんでした。

 

新宿通りを渡ると、小さな「仲良し公園」があります。

その先に番町中央通りがあるのですが、公園から一段低い場所を通っています。

地図ではわからない、なんとも不思議な地形です。

 

ここから番町文人通り、日本テレビ通りを歩いて市ヶ谷、そして曙橋に出て帰路につきましたが、一本道が違うだけで、全く風景が異なることに驚きました。

「だいたい知っている」「だいたい歩いた」なんて思ってはいけないですね。

散歩には終わりがないのでした。

 

 

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