院内助産とは 15 <産科医にとっての効果は?>

前回の記事の岩手県釜石病院のように、産科医不足の地域によっては院内助産を取り入れることで反対に、産科医療の完全撤退を防ぐことができる場合もあるかもしれません。


産科医にとって、院内助産はなんらかの良い効果があるのでしょうか?


厚生労働省医政局看護課が示した「院内助産所助産師外来の効果」から、「医師」の部分を引用します。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/11/dl/s1104-3j.pdf

ハイリスク患者の治療に専念でき、妊婦健診や当直の負担が軽減される
○余裕のある外来となり、納得のいく健診が出来る
助産師が日常の悩みや患者背景などきめ細かい情報を聞き取り教えてくれる
○妊娠中から協力して妊婦を診ていくことで信頼関係を築ける


<妊娠中から協力して妊婦を診ていくことで信頼関係を築ける>


この点について、「産科と婦人科」(診断と治療社)という医学雑誌の2010年10月号「特集 産科医と助産師との連携はどこまでできる」の中の、大阪大学医学部付属病院総合周産期母子医療センター、木村正医師の寄稿文を引用させていただきながら考えてみようと思います。



上記周産期母子医療センターでは、木村氏の執筆当時は助産師外来も院内助産も取り入れていませんが、医師・助産師の働きが以下のように説明されています。

外来には3人(常勤2名、非常勤1名)の助産師が配置され、妊婦健診に際して尿検査、血圧・体重のチェック、腹囲・子宮底の測定、生活指導や不安点などの問診、指導を行って医師の診察に移っている。この間、妊婦によってはかなり長時間の問診や不安の傾聴を行っている。

医師は基本的には外来主治医制であり、介入などの方針はカンファレンスで合議のうえ決定される。治療方針についてはカンファレンスで一定の方針が常に練られており、医師の間では「誰が説明をしても同じ内容」になるように心がけている。

「効果」の中にある「助産師が日常の悩みや患者背景などきめ細かい情報を聞き取り教えてくれる」というのは、助産師外来でなくとも妊婦健診中の看護の基本でもあるといえます。


そして大事な情報がきちんと助産師間、そして医師・助産師間で共有されるシステムができている施設では十分に妊婦さんとの信頼関係を築くことができるというのも医療の基本であって、院内助産だけの効果とは言えないでしょう。


<継続性の確保>


院内助産システムや助産所について、その「継続性」が利点であるという説明はしばしば目にします。つまり一人か少数の助産師が継続して分娩まで関わりつづけることで、妊産婦さんの安心感が強まるという点を強調しています。


前述の木村医師は平成13年に出された「助産所ガイドライン」と平成18年の「病院・診療所における助産師の働き方」に書かれている内容を挙げて、疑問を書かれています。
少し長くなりますが、全文引用します。

平成13年にようやく刊行された「助産所業務ガイドライン」には開業助産所での出産は"病院分娩は・・・(中略)・・・正常な経過をたどる産婦においても、分娩経過中に血管確保をしたり、会陰切開をしたり等の医療が加わることが多く、快適性に問題を残しながらも、結果として自然分娩は減少していった""開業助産所での出産は同じ助産師が継続的にケアをし、温かな雰囲気のなかでの出産であり、きめ細やかで快適なケアが提供できる"と記され、その本文中で助産師の行う業務を明文化すると同時に、妊婦に対する継続的なケアの重要性を説いている。
平成18年の「病院・診療所における助産師の働き方」は、むしろ施設で勤務する助産師を念頭に、"助産師が自立して助産ケアを行う体制"の確立を訴え、この体制を通して、"妊産婦とその家族に質の高い母子ケアと安心、安全な産科医療に加え、快適で満足のいく出産の提供につながるという利用者のニーズに対応すると同時に、助産師が本来果たすべき役割を認識して取り込むことで、本来の助産師業務の遂行につながる"と記されている。
この体制の推進は産科・小児科医師のマンパワー不足を背景に、助産師本来の専門的能力を発揮し、利用者へ質の高い医療を提供しようとするものである。ここでも継続的ケアの有用性を説いているが、病院におけるシフト勤務体制と、継続性の確保という医師たちが最も自己犠牲を払ってきた問題についての明確な議論、回答はだされていない。

助産所ガイドライン」は日本助産師会から出され、それに対し「病院・診療所における助産師の働き方」は日本看護協会助産師職能委員会から出されています。
「病院・診療所における助産師の働き方」
http://www.nurse.or.jp/nursing/professional/jyosanshi/pdf/jyosansinohataraki.pdf]


木村医師が何を伝えたかったのかというと、分娩の最終的な全責任を負う医師と「正常な経過の部分」だけの責任を負う助産師との「継続性」の意味の違いではないかと思います。


最終的な全責任を負うということで最も大事なことが、安全性の確保です。
その点について以下のように書かれています。

分娩の安全性を担保する体制を考えると、病院施設の中で、1.いつでも帝王切開ができるように24時間2名以上の産科医師が病棟に勤務する、2.麻酔科と新生児科医が常時1名手術室・病棟に勤務する、3.輸血のストックが最低各血液型10単位程度あるという形が理想である。
労働基準法を守る(本当は当直勤務ではないが、仮に当直体制をとるとして*)と16人の産科担当、8人の麻酔科、新生児担当医が必要であり、これらの年収、看護スタッフの年収などを大学病院なみの異常に低い水準で抑え、妊婦健診と分娩で仮に60万円要し、人件費率50%と仮定しても年間2000件以上の分娩を扱わねばとてもこの体制は作ることができない。
2000件の分娩には妊婦健診だけで延べ年間28,000回、平日1日あたり112人の健診が必要である。予約妊婦だけで1枠一日16人の助産師外来で7診が必要な計算になる。現在さまざまな病院で行われている病院内での助産師外来ではスケールメリットを出すことは難しそうである。

(*医師の「当直」は、実際には当直ではなく連続勤務の「夜勤」であるという意味)


周産期医療の中で「継続性」が求められることの最高で最終の目標は「母子ともに安全に分娩が終了する」ということではないかと思います。


そのために必要なスタッフ数、設備を整え、かつ施設も存続できる経営性も重要な視点です。
今までの日本の医療は、医師の過重労働と強い使命感によって支えられてきたことは明らかです。
産科医のもっとも近くで働いてきた助産師側から産科医不足の原因と改善策について社会に訴える声もなく、反対に「助産師の継続的なよいケア」をアピールする機会にしてしまうのはいかに助産師側の「継続性」が表層的なものでしかないかということではないでしょうか。



そして木村医師は最後に以下のように書かれています。

妊婦にとってケアの継続性は大きな安心につながることはいうまでもない。
外来の健診で顔見知りとなり、気心の通じ合った助産師が分娩や産後のケアを担当してくれることは妊婦たちに大きな福音となるであろう。
しかし私には、その恩恵は本来最も弱い立場の妊婦、すなわち身体的・精神的な合併症を持つ、あるいは胎児疾患を有する、あるいは社会的・経済的弱者である方々が最も享受すべきもののような気がしてならない。現在の考え方では*、これらの方々はいわゆるハイリスク妊婦となり、いわゆる独立した院内助産システムからは外れてしまう。このような方々に助産師がその機能と誇りをかけて母児ケアを提供し、助産師と産科医、新生児科医が共同で外来から分娩、産後までを一貫して見守る体制こそが大学病院に求められている。

*「病院・診療所における助産師の働き方」などに書かれている院内助産の対象となる妊婦。


以前も書いたように、私が勤務するローリスク対象の診療所でも、身体的・精神的、そして社会的に問題を抱え、妊娠初期からのサポートが必要な方が増えてきました。


そういう方たちよりも「問題なく経過して院内助産システムの対象になる」方たちに助産師がより多く時間をかけて妊婦健診を行い分娩もずっと付き添うことを目的としているのであれば、そこで語られる「継続性」とは、医療や社会福祉の観点から臨床の看護スタッフが求め続けていた「継続性」とは全く別のものと言えるでしょう。


産科医にすれば、本来「周産期医療の中で全ての妊産婦・新生児を対象にする」助産師が「正常な経過の妊産婦」へと仕事の比重を移すことは、それ以外の妊産婦さんへの対応に助産師としての責任を全うできるのかという疑問にもなることでしょう。


そしてその「正常な経過の妊産婦」にも、助産師はどこまでの責任を負うつもりなのか。
その点も明確ではないのではないでしょうか。





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