記憶についてのあれこれ 178 記憶の不思議

「記憶についてのあれこれ」を書こうと思ったきっかけは、父が認知症になったことから「記憶はどのように記憶されていたのか」気になったことを書き留めてみようと思ったあたりではないかと思い返しています。

 

それこそ、なぜその記事を書こうと思ったのかという記憶さえあやふやになることもあるので、記憶とはなんだろうと思いますね。

もちろんすでに記憶についてたくさんの専門的で学問的な研究や答えがあるのだとは思いますが、ここはど素人の驚きや疑問を書き留めています。

 

 

*記録にすると記憶が変わる?*

 

ブログを書き始めて11年半ほど過ぎましたが、最近、「本当に記憶というのは不思議だ」と思うことがしばしばあります。

過去の記事を読み返していると、書いたその時点では明確に「記憶があった」から書き始めたはずなのに、何年か過ぎると「そんな記憶があったのだろうか」ととまどうことがあります。

 

たとえば、2018年の「倉敷の50年に一度の水害」以来高梁川について何度も書いているのですが、こちらの記事で「子どもの頃から高梁川という名前をよく耳にしていた」と書いていますからその時には高梁川の名前をそのように記憶していたはずです。

ところが数年たった今、なぜか「子どもの頃に高梁川という名前を聞いていた」ことは本当かあやふやな記憶になっています。

 

ブログを書いていなかったら、記憶はそのままではなかったかと思ってしまうような不思議な変化です。

最近、こういうことがしばしば起こるのですが、記憶から辿って物事をより深く知っていくうちに、最初の記憶が「上書き」されたような感じでしょうか。

 

 

*パターン化されて記憶されるから*

 

3年前に「顔を覚える」のが難しくなったり直近の記憶が怪しくなるのはなぜだろうと書きました。

 

集合住宅でお隣の人でもたまにしかしかもすれ違う程度の付き合いだともう顔を覚えられないのですが、それはどうやら「ヒトは数千人ぐらいの顔を覚えるのが上限」ということと「人口が急増してさらに多くの人々と出会うのは人類の歴史の中ではごく最近の変化」というあたりで自分を納得させています。

 

また、ほんの数日前に入院して分娩に立ち会った方の顔やその時の状況でさえすっかりと忘れていることも増えました。

心臓が口から飛び出そうな急変のことさえ思い出さなくなることがあります。

直近の記憶が怪しくなるのはそろそろ危ないかとちょっと不安になりますが、やはり鮮明に記憶される時もあります。

 

おそらくその違いは、ある程度経験してパターン化されているものか、どこかに今まで経験したことのない要素があって新たに記憶されるかどうかあたりではないかと、自分の中で合理化(言い訳)を考えています。

 

 

長い時間を生きてくれば記憶の保存場所もいっぱいになっていくのでどこかで取捨選択していくか、すっかり上書き保存されていくかそんなあたりでしょうか。

 

 

*大きな不安があると記憶が消えるか勝手に上書きされるかも*

 

「若い時には記憶力がよくて、年齢とともに衰える」という大きな不安がありましたが、ブログに書きながらあれこれ考えていくうちにそうとも言えないこともありそうです。

 

たとえば産後の記憶がないに書いたように、経産婦さんはお一人目の時のことをすっかり忘れて愕然とされることが多いようです。

最初は産後の特殊性と思っていましたが、よくよく考えると私自身も助産師として働き始めた頃の記憶がないのは相当な緊張があったので、その中で経験は身についても細かいことは記憶していなくて、仕事の余裕とともに記憶する余裕も出てきた感じです。

 

「記憶がなくなるほどの不安と緊張」の時期のはずなのに、反対に記憶を作ってしまうのが胎内記憶とか胎児記憶でその正体は親の方便あたりでしょうか。

 

記憶というのは大きな不安と表裏一体で、だから「幸齢社会」なんてシュールなネーミングまで出てくるのでしょうね。

 

さて、では政治家の皆さんの「記憶にない」は方便なのか、本当に忘れたのか。

もしかしたら最初は悪いことだという緊張感や罪悪感があったのに、日常的になると不安も感じなく無くなってパターン化されたのではないか、でも本当はものすごい不安が記憶を作り変えてしまっているのかもしれませんね。

ここ最近のニュースを読みながらそんなことを妄想しています。

 

 

「記憶についてのあれこれ」のまとめはこちら

あの日(2022年7月8日)から考えたことのまとめはこちら