水のあれこれ 459 「冬に被災を起こす下新川海岸の原因」

生地台場の上から真っ青でおだやかな富山湾が見えます。さあ、これから美しい海岸沿いを歩きましょう。

 

コンクリートの防波堤の内側に何か説明板が見えたので近づいてみると、国土交通省北陸地方整備局黒部川河川事務所による「災害から守り美しい海岸を整備します」「[従来工法による侵食対策が困難な当地先においての新工法]生地鼻『透過型有脚式突堤」のご案内」そして「[背後地を災害・海岸侵食から守る新工法]下新川海岸新型離岸堤『S-VHS工法』のご案内」という大きな3枚のパネルでした。

 

最初に「高波による越波被害」という写真が目に入りました。

なだらかに弧を描いた目の前にある堤防を超えて、大きな波が堤防のすぐそばにある建物にかかっています。2008(平成20)年2月24日だそうですが、おだやかな富山湾からは想像もつかない写真です。

6月9日にニュージーランドの高波のニュースがありましたが、4月に訪ねたこの生地鼻をまず思い出しました。

 

その隣に「浸水被害をもたらした主な被害」の年表があり、1883(明治16)年、1899(明治32)年、1916(大正5)年、1929(昭和4)年、1931(昭和6)年、1936(昭和11)年、1945(昭和20)年、1954(昭和29)年、1956(昭和30)年、1961(昭和36)年そして1970(昭和45)年まで、それぞれ「暴風」または「冬期風浪」によって「激しい波」「家屋破壊で圧死」「浸水被害」「護岸堤流出」などの被害があった記録でした。

1970年はこんなことが書かれています。

「台湾坊主」に寄り高波が来襲、下新川全域で堤防破堤・決壊1120m、建物全壊15、半壊24、一部破損18棟、田畑の冠水、埋没、天然海岸の決壊

 

「台湾坊主」ってなんだろうと思ったら、南岸低気圧をかつてそう呼んでいたそうです。

冬の嵐や大雪をもたらすようで、1994年や98年の都内の「大雪」もこれだったようです。

 

 

*冬に多い被災と「寄り回り波」*

 

なだらかでおだやかに見えるこの下新川海岸について、説明が書かれています。

  下新川海岸の特徴

 下新川海岸は、富山県の東部に位置し、黒部市〜朝日町(新潟県境)27.9kmのうち、黒部市、入善町、朝日町(西部)の総延長17.225kmの区間が直轄海岸保全区域になっています。

 当海岸は、生地海底谷(いくじかいていだに)が形成されており、海岸線から遠くないところで海底勾配が急なため、富山県特有の「寄り回り波」や冬期季節風による高波の発生時には波の勢いを減じることなく海岸線に押し寄せてきます。

 

   冬期に被災を起こす下新川海岸の原因

 下新川海岸において、富山県特有の「寄り回り波」や冬期季節風による高波浪に寄り、海岸保全施設や背後の住宅地等に多大な被害が発生しています。

1. 富山湾特有の「寄り回り波」

 「寄り回り波」は、富山県特有の比較的周期の長いうねり性の高波です。暴風によって日本海北部で発生した波が伝播して周期の長い「うねり」となって富山湾に侵入します。

2. 冬期北西季節風による風波

 冬期の日本海側を低気圧がゆっくりと移動し、北西方向からの強風が通過することにより発達した、比較的周期の短い波浪です。

 

気になって近づいてみたところ、この目の前の海の地理や気象や災害史の全体像がわかる説明でした。

 

 

*防波堤の外側にある離岸堤を眺めながら歩く*

 

その防波堤の外側も歩くことができるようです。

恐る恐る石段を上ると、何本かあるのは海に突き出た離岸堤でしょうか、そしてたくさんの消波ブロックが積まれていて堤防との間にゆったりとした歩道があります。

 

どうやらこれが「従来工法による侵食対策が困難な当地先においての新工法」のようです。

   侵食が激しい下新川海岸

 下新川海岸(黒部市、入善町、朝日町の一部の海岸)では、日本海を北上した低気圧により発生する富山県特有の「寄り回り波」と日本海側特有の冬期季節風による波浪が、海岸線の後退や越波(波が堤防を越えること)を引き起こしてきました

 古老の言や古文書によれば、下新川海岸の海岸線はなんと、古来より500~600mも後退しており、地区によっては家屋の移転を余儀なくされてきたことがありました。

(強調は引用者による)

そして「侵食によって失われた海岸」の航空写真に「過去30年間で約40m」と強調して書かれていました。

 

なんと厳しい自然に立ち向かってこられたのでしょう。

気が遠くなるような地道さで自然を観察し、災害から再発防止策が立てられ、目の前の今の安全確保と長期に見た確実な防災対策が備えられていく。

そしてその専門的な正確な知識が惜しみなく住民に公開されている

 

30年ほど前、それぞれの地域の歴史も知らずに「無駄な公共事業」という社会の雰囲気に煽られて、頭の中で考えたいい加減な正義に突き進みそうになったことを思い出して、冷や汗をかきながら離岸堤と波消ブロックの間の道を歩きました。

 

静かな真っ青な海と、時々、チャポンチャポンと響く水の音、そして再び防波堤の内側に戻るとずっと続く立山連峰が迎えてくれました。

厳しい場所だからこそ、美しい風景や落ち着いた街が生まれるのかもしれませんね。

 

 

 

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