災害時の分娩施設での対応を考える 18 <「災害看護」とは>

看護師あるいは看護職といえば、多くの方は病院に勤務している看護職を思い浮かべるでしょうし、もし身近に介護している家族がいる方は訪問看護を知っているかもしれません。


こちらの記事で書いたように、日本に看護師養成のための教育が始まったのが1880年代です。
イギリスの教育を見よう見まねで取り入れながら、日本の社会に合わせた看護を築いてきて、わずか130年ほどということになります。


その記事で紹介したように、病院に勤務する看護師ではなく家で看護する派出看護婦が最初でした。


その後こちらに書いたように、その後日本も近代医学が広がりました。
ただ、「病院+看護=近代医学」が社会全般に広がるのは第二次世界大戦後であり、さらに病院での看護が身近に感じられるようになるのは1961(昭和36)年の国民皆保険制度が始まってからともいえるでしょう。


そう考えると、日本の看護や看護教育というものもわずか半世紀で発展させたのだといえるのかもしれません。


<1980年代までの付き添い婦さんと派出看護婦>


横道にそれますが、私が看護師として働き始めた1980年代初めの頃には、まだ病院にも付き添い婦さんという人たちがいました。


建前は「完全看護」の時代に入り、患者さんの身の回りの世話も看護師が行うというものでしたが、看護師ではとても手が行き届かない状況でした。
まして急速に医学が進歩し新たな治療法が増えていく中で、看護の2本柱である「療養上の世話」よりは「診療の介助」にどうしても時間がとられてしまっていました。


そのために、家族が自腹を切って泊り込みの付き添い婦さんを雇っていました。
主に東北などから出稼ぎに来ていた女性が、病室の患者さんのベッドの横に簡易ベッドを置いて寝泊りし、24時間、患者さんの身の回りの世話をしていました。
体を拭いたり、食事を介助したり、薬を飲ませたり、あるいは患者さんの想いを聴いてあげたり。
まさにそれは看護職の仕事でした。
日本の病院医療や看護は、こうした女性によって支えられていました。


付き添い婦さんへの謝礼は、当時の額で1日2万円前後だったと思います。
看護師側にすれば、付き添い婦さんに助かっていた反面、自分たちの給与よりも無資格者のほうが高額であることに何か釈然としない思いをいだいていたことも確かでした。
もちろん、安定した仕事ではない故の高給だったのですが。


そして、それだけのお金を払って付き添い婦さんを雇えるのは裕福な家の患者さんだけでした。
1997年に付き添い全廃止が法律で決まるまでは、民間病院ではありふれた光景でした。


1980年代は、あちらこちらの電柱などに「付き添い婦・派出看護婦」斡旋所の看板を目にしました。


当時は、「なんで私達看護婦(当時は「婦」)と付き添いさんが一緒にされているのだろう。やはり看護職は低く見られているのか」などと感じていました。


その少し前、20年ほど前までは家庭での療養と派出看護がまだまだ一般的だったのだということが、最近ようやくつながってきました。
そしてほとんどの看護職が病院で勤務するようになった時代を経て、1990年代からは少しずつ訪問看護へ、また家庭での看護へと変化し始めました。


あらためて、私は医療や看護、そして助産も、激動の時代を体験してきたのだと思い返すこの頃なのです。


<「災害看護」が始まる>


さて、そのようなその医療の激動の時代に合わせて、看護教育や教育システムも大きく変化しています。


それがよくわかるのが、教科書の変化です。
大きな書店の医療コーナーには看護の教科書も販売されているので時々のぞいていますが、私の時代にはなかった教科が増えていて興味深いものです。


「災害看護」もそのひとつです。


いくつかの出版社から出されているようですが、南江堂の「災害看護ー 看護の専門知識を統合して実践につなげる」(2012年8月)を購入してみました。


「編集にあたって」を読むと、1995(平成7)年の阪神・淡路大震災、2004(平成16)年の新潟・中越地震を機に防災意識が高まったこと、日本看護協会でも災害支援ナースの研修や医療機関での防災マニュアル作成などを開始したとあります。
そして2009(平成21)年4月から本格的に災害看護教育が導入されるようになったそうです。


災害看護の歴史やさまざまな制度などまとめてありました。
災害看護という言葉もない時代に教育を受けて臨床経験を積んでいる世代には、おおよそのことは実践の中ですでに理解できている基本的な内容ではあると思います。


それでも現実の自分の施設のことだけではなく少し目を上げて、社会全体の中での防災看護を考えるのにこうした基本的な教科書を読み直すというのは役にたつことでしょう。


2009年からの新科目としての導入に合わせて初版は2008年に出版されたようですが、次の版では原子力発電所事故と放射線被曝が必ず付け加えられることでしょう。




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