帝王切開について考える 13 <シュールな「帝王切開時の早期皮膚接触」>

さて、少し間があいてしまいましたが、「帝王切開について考える」の続きです。


こちらの記事で紹介した「助産師だからこそ知っておきたい術前・術後の管理とケアの実践 帝王切開のすべて」(ペリネイタルケア増刊号、2013年、メデイカ出版)には、ある分娩施設の帝王切開術中の早期皮膚接触の手順が紹介されています。


「早期皮膚接触」と聞くと医学用語のようで味気ない表現ですが、こちらの記事で紹介したように、いわゆるカンガルーケアを言い換えたもので「早期母子接触」や「早期皮膚接触」と言われています。


そしてその言葉には、以下のような強い信念がこめられているようです。

出生直後から母子が直接肌を触れあい互いに五感を通じて交流を行うことは、人間性発露の面から見ても、親子が育みあうという母子の当然の権利ともいえる

そう信じたい人はどうぞという内容が、2012年10月に日本周産期・新生児医学会、日本産婦人科医会、日本小児学会、日本未熟医新生児学会、日本小児外科学会などの連名で出されたのは驚きでした。
今は、その文章にはアクセスできないようですが。


こうした動きが背景にあって、この施設も積極的に帝王切開術中の早期皮膚接触を始めたのかもしれません。


<手順の実際・・・リスクマネージメントは大丈夫か>


母子の状態が安定していると判断された場合、以下のような方法で皮膚接触をすると書かれています。

3 児を母親の胸元に、母子の胸と胸とがぴったりとくっつくように、やさしく腹ばいに寝かせ、上からバスタオルを掛け、児の頭まで覆うようにしてくるむ。児の顔は横向きにする。また術野に児の足や臀部が入らないよう、やや斜めに寝かせる。


手術台の上に寝ている状態は医療関係者以外にはわかりにくいかもしれませんが、医療ドラマで手術シーンがあったらじっくりと見てください。


通常、帝王切開術中にはお母さんの腕は左右に広げた状態で固定されます。
片腕には点滴のための輸液ルートがあり、片腕には自動血圧計が装着されています。
帝王切開術中には子宮の重みによる低血圧症候群や麻酔、出血による血圧低下が高い確率で起きるので、正確に母体の状態をモニターしながら点滴量を調節することが重要です。


ところがこの「3」の図では、お母さんは両手の固定を外して赤ちゃんを腕に抱くようにしています。
これだけでも、術中の母体の管理が不十分なヒヤリハットやインシデントレポートが増えると容易に予測できるのですが、実施している施設ではリスクマネージメントについての情報も合わせて公開してほしいものです。


また、手術室というのは通常の分娩室よりも室温が低く設定されています。手術用ガウンを着て手術をしているとかなり暑く感じ、術野に汗が落ちたりしないように術者に合わせた室温ではないかと思います。


実際に、帝王切開に限らず手術を終えて戻ってくる患者さんは体温が35度台から36度台前半ぐらいに下がっていることが多く、寒気を感じられます。
必ず、病室のベッドを電気毛布であらかじめ温めておくのは、術後看護の基本です。


その室温で下がった母体の皮膚温に新生児を密着させる際に、バスタオルをかけるだけで大丈夫なのでしょうか。そのあたりのデーターも知りたいところです。


4 両親に児の抱き方を説明する。児の臀部や方を支え、頭部が動くように支えるとよいことを伝える。父親が児を支えたりする場合も、バスタオルで固定するなどの工夫をして、児が転落しないように注意する。早期皮膚接触中、児の呼吸や体温を感じ取ってもらうよう説明しながら、父親に鏡を渡し、児の体色を見てもらう助産師は、両親の声や包まれている感覚で児が安心することを伝え、不安なことがあれば言ってもらうように伝える。また、助産師は手術室を離れず母子の観察を行う。出生後15分まではSpO2のモニタリングを行う。

うーーーん。びっくりですね。父親も手術室に入り皮膚接触に参加することが前提とは。しかも鏡で赤ちゃんの皮膚の色を観察し、さらに児が転落しないように注意することが父親に求められています。


反対に言えば、チアノーゼを見逃しやすく、転落の可能性がある状況であるわけです。
なぜ帝王切開というリスクの高い出生方法で無事に生まれてきた赤ちゃんに、あえてそのようなリスクを負わせるのでしょうか。


助産師は手術室を離れず母子の観察を行う」
むしろこんなことが書かれているということは、それまでも人手が足りなくて助産師が手術室を離れていた状況でもあったのでしょうか。
どちらかといえば、「両親に児の観察を任せず、助産師が責任をもって観察し続ける」ことが大事だと思いますけれど。


そして、SpO2モニター(パルスオキシメーター)装着が15分というのは、どういう根拠なのでしょうか。



リスクマネージメント的には、不安がいっぱいの内容なのですけれど。



<「ケアの根拠」って何?>


さて、上記「3」に「ケアの根拠」として以下の内容が書かれています。

胸と胸の間が羊水で濡れていたり、タオルがはさまっていると児の低体温の原因となるので、羊水はしっかり拭き取り、児にバスタオルを掛けているときは、児と母親の間に巻き込まれていないかを確認する。皮膚と皮膚との接触が大原則であり、それによって児が本能を発揮し、自ら吸着することができる


80年代末以降、勤務して来た分娩施設では出生直後に赤ちゃんが吸いたそうな様子になったら、分娩室でも直接授乳を実施してきました。
でも産着を着せて、バスタオルなどで保温して実施しています。


肌と肌を直接密着してなくても、新生児というのはちゃんと吸い付きます。


何をもって「ケアの根拠」というのでしょうか。


そしてさらに驚いたのが、この手順の最後の部分です。

7 手術室からの帰室時は母親の脇で児を抱っこしてもらい、一つのストレッチャーで一緒に移動する。

これのメリットは何でしょうか?
手術直後の朦朧とした母親の腕の中に新生児を抱かせて搬送する、それだけでいくつもリスクが想像できます。


新生児の首が屈曲して窒息しやすい体勢にしてまで、母親と離さないことが優先されるのでしょうか。


1990年代から医療安全対策、リスクマネージメントという言葉が浸透してきました。
なぜか出産や育児に関しては、医療現場で日々神経をすり減らしているリスクマネージメントとは違っているバーチャルな世界が広がっていることに戸惑いを感じます。


妄想の世界にはリスクマネージメントということばは生まれない、そのあたりが周産期医療の中で時々シュールな世界と感じる正体なのではないかと思います。


そして「他の施設がこんないいことをしているらしい」と広がりやすいのに、他の施設で事故があっても自分たちは大丈夫と思うのか、なかなかリスクが伝わらない。
そして、勧めてきた人たちの責任は問われない。


なぜなのでしょうか。


さて、次回からは帝王切開術後からの「母乳育児支援」について考えてみようと思います。