記憶についてのあれこれ 80  <父が描いた絵>

手元に一枚の絵があります。
昨年の今頃、父が描いた絵です。


誰かがクロールで泳いでいる姿を鉛筆で描き、色鉛筆で水の部分を青くそして肌の部分にも少し色が塗られたもので、「プール」と父の字で書かれています。


絵自体は簡素なのですが、空を飛ぶかのような泳ぎを描いていることに鳥肌がたちました。



この絵を描いた昨年の今頃は、認知症の父もまだグループホームで生活をしていて、最初の脳梗塞発作から右手の力もだいぶ取り戻していた頃でした。



父は子どもの頃から器用だったようで、私が小さい頃も家には何冊かのペン画の本がありました。
絵を描く時の構図のとらえ方など、教わった記憶があります。


そのクロールで泳いでいる人の絵も、まるでプールサイドで見ながら描いているかのようです。


昨年、その絵をグループホームでスタッフの方から見せていただいた時には、絵の上手さに驚くと共に、父はどうしてこの絵を描いたのだろうか、記憶はどこにあったのだろうかと不思議に感じたのでした。


私が小学生の頃、父が40代前半の頃には海やプールで父から泳ぎ方を教わった記憶がありますが、それ以降は父が泳ぎに行ったことはないのではないかと思います。
また、私が30代で泳ぎ始めた頃はまだ父が認知症になる前ですが、父は私がこんなに水泳にはまっていることも知らなかったのではないかと思います。


父のどこに、あのクロールを泳ぐ人の記憶が残され、絵として蘇ったのでしょうか。
この泳いでいる人は誰なのでしょうか。
不思議だなあと思いました。


もうひとつ、どこにあのペン画を描いていた記憶が残っていたのかも驚きました。
習字は師範級なので達筆でしたが、絵を描く姿は久しく知りませんでした。


右手のリハビリのためにペン画がいいかもしれないと、昨年の今頃、ペン画の本を父に贈りました。
じきに二度目の脳梗塞発作を起こし、右手は二度とペンを持つことがなくなりました。


先日、グループホームのスタッフの方がこの絵を見つけてわざわざ私にくださったのでした。


父に見せましたが、自分が描いた記憶もないようです。
「お父さんが描いたの。生き生きと泳いでいる感じが出ている絵ですよね」と話しかけましたが、「ほー。そうか」というだけでした。


父に超能力(!)があって、これは泳いでいる私の姿を描いてくれたのだと思うことにしましょうか。






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