母乳育児という言葉を問い直す 25 <「母乳権」と「成母期」>

前回に引き続き、「もっと知りたい母乳育児ーその原点と最新のトピック」(橋本武夫氏監修、2000年、メデイカ出版)から、「母乳権」の背景にある考え方を見てみようと思います。


本のタイトルや内容からは日本母乳の会が関係していることは見えにくいのですが、巻頭を読むと、この本が1999年に開かれた日本母乳の会の「学術的な発表の場としての日本母乳哺育学会」の内容をもとにしていることがわかります。


今回はその「第3章 母乳育児と母親支援」(福田雅文氏、重症心身障害児施設みさかえの園むつみの家、小児科)を紹介したいと思います。


どんな「母親支援」でしょうか?


<「人間性の回復のための母乳育児支援」>


まず最初に、「1.現代社会の親たちの特徴」として以下のように書かれています。

世の中は大きく変わろうとしています。人間性を無視し、経済を優先し、効率主義、競争社会で育てられた子どもたちが、母親、父親となっています。母と子、人と人の関係の大切さを無視した今の日本では「母と子の絆」「家族の絆」「人間の絆」は急速に破綻し始めています。現代の親たちの訴えは「自分の子どもの愛しかたがわからない」「わが子がかわいく思えない」「気がついたら子どもを虐待していた」など、子どもを産んでも母親、父親になれないで困惑している大人が急増しています。


それに対して、「2.人間性の回復のための母乳育児支援」としてこう書かれています。

母乳育児支援の根底は人間性の回復だと思います。出生早期からの直接授乳を介した母と子の濃厚なスキンシップからみえてくるものは、人間が哺乳動物として本能的、かつ潜在的にもっている「子どもへの強い愛着」が芽生え、自然に母性行動を呼び覚ましてくれるように思われます。

哺乳動物にとっても出生早期の母子接触が重要な意味を持っていることはすでに多くの報告がされています。乳幼児期における密接な接触が正常に満たされなかったメスは、成長してから自分の子どもと正常な接触関係を保つことができなくなってしまうと報告されています。(中略)


わあ、「メス」ですか。
その根拠は次のように続いています。

1999年、マクギルダ医大(カナダ・モントリオール)発達神経内分泌研究所のMichael Meaneyらは、ラットの集団を数世代にわたって観察し、母性行動は遺伝ではなく、学習によって伝達されることをScience誌に報告しています。その仔が親になったときに示す母性行動パターンが出生早期に母親にどのような母性行動をされたかが重要であることを照明し、受け継がれる母性行動のパターンに与える因子として、出生早期の母性行動の大切さを強調しています。


ああ、びっくり。ラットの話だったのですね。


人間の新生児の場合、出生直後から激しく啼いて分娩台での授乳もさせてくれないことがあります。
そんなときには、立ち会われている夫や御家族に赤ちゃんの抱き方を教えてあやしてもらうこともあります。
「きっと、2〜3分したらピタッと泣き止んで、ゲフッとして、いきんで落ち着くと思います。人間の赤ちゃんの場合、『飲みたい』だけではないウンチとの闘いが始まっている赤ちゃんもいるようです」と説明して。


赤ちゃんが落ち着く様子を実際に経験した夫は、次回の面会時にもうまく赤ちゃんをあやしてくれるようになります。


その行動は、「母性」に限定しなくてもできる話。


そして哺乳類の動物は排泄も大事。



<「燃え上がる母性」と「成母期」>



さて、少し長いのですがこの第3章のまとめの部分をすべて引用します。

6. 燃え上がる母性


 「子育ては大変だから産後は休みなさい。母乳は時間を決めて、抱っこも抱き癖がつくから」といった指導をして、小児科医、産科医、その他多くの母子にかかわる医療スタッフは気付かないうちに、出産後の母と子の環境、その後の育児観を大きく変えてしまったのではないでしょうか。
 母と子を出生早期より一緒にして、「お母さんの好きなときに好きなだけ抱っこして、赤ちゃんが求めたら好きなだけ吸わせてあげてください」と制限をとってみると、確かに頻回の授乳で乳首は切れ、十分な睡眠もとれず、ときには赤ちゃんと一緒に涙を流しながら授乳させている母親もいます。でも、疲れきっているはずの母親から出てくる言葉に驚かされます。「お乳をやるのが嬉しい。子どもの世話をするのが楽しい。この子がかわいい」と、たった一週間で母と子の結びつきは驚くほど強くなっていくことがわかりました。
 出産後の濃厚な接触期間を過ごしたお母さんたちと話をしていると、子どもに対する温かく、ひたむきで、献身的な愛情こもった言葉が湧き出てくるような印象を強く感じます。

 山本高治郎先生の書かれた「母乳」を読んでいると、次の一節が目にとまりました。「母性愛とは、成母期という感受性において子どもが母親の胸にすがりついてその乳首を吸啜することによって点火する愛情にほかなりません」。
 人間社会では、昔から出生早期より母と子はいつも一緒であり、授乳をした母と子の濃厚なスキンシップによって母性愛は点火され、その火は出生後の数日間で、アッと言う間に激しく燃え上がるのだと。そして、まるで子どもを育てることが自分の生き甲斐、生きる喜びであるかのように燃え上がった母性愛は愛に飢えた赤ちゃんのこころをアッという間に満たし、その火は一生も得続けていくのではないかと。


山本高治郎氏は1988年に岩波新書から「母乳」という本を出された方のようです。



この章は「燃え上がる母性」という詩で締めくくられています。

「燃え上がる母性」



私は驚きました
これほどまでに女性が変わることを
これほどまでにやさしくなれることを
私は見ました
母親が率直な気持ちで涙を流す美しさを
子どものことを思い流す涙の美しさを
私は感じました
この時期ほど人のこころが無意識に変わることを
変われることを


私は知りました
生またての赤ちゃんがしっかり見つめ
抱いている人のこころを読みとることができることを
私たちのこころを清めてくれることを
そして、出産後の母と子を一緒にして、自然な環境をつくれれば
「燃え上がる母性」を感じることができることを

いやはや、母性とか母乳を語る人は熱いですね。






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