鵺(ぬえ)のような  14 なぜ抗議の意思を表さなくなるのか

このところ、子どもの頃のある場面がしきりに思い出されています。

1960年代後半、家路を急ぐ大人で大混雑の薄暗く古い井の頭線渋谷駅の階段を、母からはぐれないようにと必死に歩いていました。近くに不二家のペコちゃんがいたことと、クリスマスの頃だったということが鮮明に記憶にあります。

 

その時にはすでに父の転勤に伴って都内を出ていましたから、なぜ渋谷を歩いていたかというと韓国の少女たちの舞踊団を見に行った帰りでした。おそらく渋谷公会堂だったのでしょう。

華やかな舞台で韓国の民族衣装を着て韓国の楽器を奏で踊る、きらきらとした私より少し上のお姉さんたちに興奮した帰り道の記憶でした。

 

時々その舞踏団の名前を思い出していましたが、そのままになっていました。

先日、韓国の少女たちが宗教団体のイベントで歌っている姿を見て、あの舞踏団のことを思い出しました。現在とは違い、当時の日本社会は韓国や朝鮮とは距離を置いている雰囲気だったのに、なぜ両親はチケットを購入したのだろうと気になって検索してみました。

 

リトルエンジェルス、wikipediiaの年表では1996年の来日公演からしか書かれていませんが、できて数年ぐらいの時期にも日本に来ていたのだと思います。

断片的な記憶が色々とつながり始めました。

旧陸軍から公務員になった父の書斎にあった勝共連合の本について父はどのような意図で読んでいたのか、リトルエンジェルスのチケットを購入するような何か周囲の雰囲気や圧力があったのでしょうか。

 

そして何かとぞわぞわする霊とか宗教関係の本が家にありました。

父から「日本人にはキリスト教は理解できない」といいつつ渡されたのはたぶん今話題の団体ではないかと思い返していますが、幸いにして父は若い頃から修行していた坐禅に強く引き付けられたのでした。

 

こうして闇はふと身近なところに近づいてくるものなのですね。

当時の社会の雰囲気や両親の気持ちの移り変わりはわからないのですが、何かが少し違えば私も「二世」になっていた可能性がありますね。

それにしても、あのキラキラと輝いて歌って踊っていたお姉さんたちはどのような経緯で入団し、その後どうしているのでしょうか。

 

 

*「虐待」という狭い問題ではない*

 

 

先日、ふとつけた番組で、今回の二世の方々のインタビューが取り上げられて、その生活状況から「虐待」だという捉え方をしていました。

確かにそういう視点もあると思いますが、今回はそのSOSを受け止めるはずの政府に闇が広がっていることが問題なので、虐待とか親子関係の話にするとそれを見失うことになりそうですね。

 

 

知りませんでしたとか、何が問題だかわからないという人たちは、自分も騙されていたと信じ込みたいのでしょうか。

ならば、元首相や元大統領が広告塔に使われていることに抗議をしないのだろうか。

やはり、そこから何らかの恩恵を受けていたからだと、ふつうは考えますよね。

 

 

自分が何かの広告塔になっていないか慎重になることは大事だし、万が一関わってしまった時には真に反省できるかどうか、そのあたりが闇に落ちていくかどうかの分かれ道かもしれませんね。

 

抗議もできないほどに骨抜きにされてしまわないためにも。

 

 

*追記*

記事をアップしてから気になりました。リトルエンジェルス日本公演を観に行った人はどれくらいいて、どういう経緯でそのチケットを購入したのだろう。

今、その人たちはどこで何をしているでしょう。

 

 

 

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