接遇のあれこれ 6 <日常生活へ切り込む>

「サービス」、日常的に使われ日本語の一部になっているかのような言葉ですが、wikipediaによれば経済用語のようです。

サービスは経済用語において、売買した後にモノが残らず、効用や満足などを提供する、形のない財のことである。第三次産業が取り扱う商品である。

日常的にはこのような経済用語の「商品」の範囲を超えて、「親切にされた」「おまけをもらった」などの行動を表すことに使っている事が多いのではないかと思います。


サービス残業」になると、「賃金契約を度外視して働きます」になるので経済の一部かもしれませんが。


医療や介護・福祉もサービス業に含まれる、患者は顧客と同じと言われると、なんだかちがうのだけれどという違和感がつきまとうのは、経済用語がどうしてもなじまない部分が私たちの仕事には含まれているからなのかもしれません。



<医療とサービス業の違い>



医療は、基本的に相手の心身の苦痛を伴うことをすることで成り立っています。
時には患者さん本人だけでなく、家族にも苦痛を与えるものでもあります。


こちらの記事に書いたように、切迫早産の危機を乗り越えて無事に出産するという明確なゴールがあっても、気持ちがついて行かずに「帰る!」と思わせるような治療行為です。


「帰る」と言われても、「そうですか」「あなたの選択でどうぞ」と認める訳にはいきません。
それでは本人の、そして胎児の健康をも阻害する事になるからです。
何度も話を聞き、説明し、本人が納得するのを待つしかありません。


あるいは「医療処置はもうたくさんと思いたくなる時」で紹介したように、医療側からみれば癒着胎盤を適切に治療し母親の生命の危機を救ったことが「効用と満足」であるのですが、受け手にはそうではない場合もでてきます。


時には相手の納得や選択を超えた治療やケアを実施せざるを得ないことがある。
それを「商品」と同じようにはとても考える事はできないのではないかと思います。


<相手の日常生活に切り込む>


たとえば、20歳前後で未婚の女性が受診して妊娠とわかり、分娩予約をしたとします。


「商品」であれば、「ここで産む」という相手の選択を尊重し、無事に出産を終えるところまで責任を果たせば、十分に契約を全うしたことになります。


実際にはパートナーはどういう人か、パートナーと入籍する予定はあるのか、出産後の生計はどうするのか、誰か家族のサポートがあるのかなど、かなりプライバシーに踏み込んだ話を聞く必要があります。


少しずつ話を聞くうちに、「なんとかなる」と現実の問題から目をそらしていることがわかり、福祉との連携が必要になることもあります。


相手の日常生活に切り込む。
時には相手が納得も満足していなくても、切り込んでいく必要がある。
そういうニュアンスの状況が医療ではたくさんあるわけですが、「商品」「サービス」と表現されるものにそういうものはあるでしょうか。


<相手を選ばない>


日本では、よほど過去に未払いを繰り返したなどのブラックリストに載っていない限りは受診を拒否される事はないと思います。
(「受け入れ不可能」な時に断る事は別の問題として)


むしろ前々日の記事のように、様々な問題を抱えた人など、手がかかりこちらの神経もすり減るような人のほうが医療の対象であることが多いのですが、それを理由に断ることはありません。


ところが接遇にはこんな説明があります。

一般に接客業務において、相手の立場や地位には一定の敬意を払って当たるものの、特にファーストフードやコンビニエンスストア、百貨店等の大衆が利用する種類の業務では、全ての人に均一なサービスを提供すると言う点で、敢えてそれらの立場や地位で差を設けない接客態度を取る業態も存在する。

また企業側が客を選ぶ方針の経営もあり、たとえば企業が扱う分野の商品について知識がない客は客とみなさず販売もしない。既存客の紹介者でない者へ商品の販売やサービスの提供をしない。客として礼儀がないと判断すれば取引はしない等の方針で経営している企業もある。

まだ現在の日本は、前段のように「全ての医療従事者が全ての患者や家族に敬意を払う」方向で「サービス・接遇」という考え方が広がっているのだと思います。


ところが「商品」という経済として医療を突き詰めて行けば、後段に書かれているように医療側が患者を選べることになります。


「あなたは理解がないから当院では受け入れません」「あなたの態度は当院には相応しくない」と断られるような医療制度に向かっているのでしょうか。


そこには物腰の柔らかな体の良い医療ができあがるけれど、相手の日常生活に切り込み、問題を見つけ社会の中で解決すべきニーズに介入するという医療や福祉の使命から遠く離れたものになってしまうように思います。


おそらく漠然としたそんな不安を「サービス・接遇」という言葉に感じている医療従事者も多いのかもしれません。





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