発達する  23 何かを確認したくなるのか

今回の紀伊半島の旅のようになにかに取り憑かれたかのようにあちこちを歩き回っているのですが、どうもそれが水に惹かれているだけでなく自分の中の災害史を正確な年表にしたいという目的につながっていくらしいことがぼんやりとみえてきました。

 

先日、この2年ほど住む場所が転々とした母の荷物から、行った場所が書き込まれた地図が出てきたので見せてもらいました。

え、こんなところにも行ったのと、日本中を訪れた記録がありました。父が認知症になっても、助手席に乗せてあちこちに行っていた軌跡が記録されていました。

 

母も50代に入るまでは、とくに旅行好きというわけでもなかったと思います。

そんな母があちこちに出かけるようになった理由のひとつに、50代半ばで運転免許証をとったことがあるかもしれません。それまでは父の運転で助手席にしか乗ることがなかったのに、次第に母が運転し父が助手席と役割が逆転しました。

両親の世代では、妻が運転する車に乗るというのは夫のプライドが許さないという夫婦もまだまだ多かったのではないかと思います。

どこかへ自由に行けるという手段を得ただけでなく、50の手習いで始めた楽器を人に教えるようになり、自分の収入を得るようになったのでした。

 

父が認知症になってから、私がそのドライブに合流するようになって、大好きな植物を観にいくことが目的らしいことがわかりました。

あちこちのフラワーパークのようなところへ行っていた話を、初めて知ったのでした。

もう一つは、四国巡礼にも何回かにわけて行っていたようです。

父が座禅の修行を続けていたのに対して、母は母なりに探し求めるものがあったのでしょうか。

 

50代あるいは年金生活になった世代の「旅」とは、ただ観光地を巡って美味しいものを食べて満足だけではない、何かがあるのかもしれないと母をみて感じていました。

 

もうひとり、私が30代の頃に出会った女性のことを思い出しています。

その女性も当時、50代後半だったでしょうか。夫とは別行動で、時々、お一人でどこかへ旅行にいくことがありました。

その頃、当時では珍しく、その年代で大学院生になっていましたから、何か研究目的なのかと思っていたのですが、それだけではなさそうです。

遠いところへも行っていましたが、都内でも「それまで電車を使っていたのをバスにしてみる」あるいは「徒歩にしてみる」と、日々の生活の中でも違う行動をとっていました。

 

あの頃は母やその女性がなにをしたいのかよくわからなかったのですが、最近は少しわかるような気がしてきました。

 

日常の中に見逃していることがたくさんあって、それをひとつひとつ確認していたのではないかと。

あるいは、「知っていた」つもりのことを、ほんとうにそうなのかと確認していたのではないかと。

 

散歩や旅行先で、私と同世代以上の方々が、けっこうひとりでふらりと歩いているのを見かけます。

目的はそれぞれでも、行動の動機は確認したいというあたりなのかもしれません。

 

 

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