散歩をする  183 阿賀川から阿賀野川へ

喜多方を出発する頃には雨雲もなくなり、薄日が射すようになっていました。

ふたたび磐越西線に乗り新津へと向かい、茨城から福島、そして新潟までひたすら川と海をみる散歩もいよいよ終盤です。

阿賀川阿賀野川に沿ってどんな風景が広がるのでしょうか。

 

Wikipediaによれば阿賀野川の水源は「荒海山(福島県)」とあります。

山なのに「荒海」とはこれまた如何にと気になりますが、地図でみると栃木県と福島県の県境あたりにある山のようです。

阿賀川の流れる斜面とは反対側は那須ですが、那須疏水を必要とするぐらい農業には向かない土地であったようですから、本当に、1本の水の流れが土地の運命を大きく変えてしまうのでしょうか。

 

磐越西線で喜多方から新津へ*

 

台風19号の影響で、磐越西線の喜多方・馬下間でしばらく運休が続いていました。

ちょうどこの阿賀川阿賀野川に沿った区域です。

 

喜多方駅からは下校時間の高校生や地元の方がたくさん乗車しました。

どのあたりからか乗客が10人ほどになり、蛇行する川を線路が横断しながら走るので、川の位置が変わるたびに座席を移動して川を眺めることができました。

ここからのメモです。

磐越西線秩父に似ている

天竜川にも似ている

漕艇場

川のそばを走っているけれど

ところどころ、ダムから越水

野沢、鮮やかな住宅と学校

上野尻ダム

日出谷、鮮やかな青の屋根

鹿瀬、猿

津川の手前、道路に泥がたまる、通行止

阿賀野川頭首工

猿和田、やま、雲、夕日

阿賀野川支流、投網

新津、能代川は信濃川支流

また自分で読み返してもわからなくなりそうなメモですが、地図を付き合わせてみると記憶が蘇ってきました。

 

秩父に似ている」は、喜多方をでてしばらくすると川は車窓からは見えない深いところを流れていて、周囲の山の景色も秩父の荒川上流あたりに似ていました。

そのうちに阿賀川が見え始めると「川のそばを走っているけれど」まるで流れを感じさせない水面が続き、漕艇場がありました。

あの天竜川上流のゆったりした流れと同じでダム湖に入ったとわかりました。

 

今回の台風19号とそれに続く低気圧のためでしょうか、ダム湖のすぐそばの道路にまで越水した跡があちこちに見られました。

 

山間部の駅の周辺には小さな集落が見えます。「野沢駅」ではまるでスペインの街かと思うような赤い屋根で統一した建物がいくつもありました。公営住宅とか保育所のようです。

幻かと思う風景からまた見慣れた日本の山村の風景になり、上野尻ダムを過ぎました。

徳沢駅を出るとすぐに、福島県新潟県の県境です。

地図を見ると豊奥駅までの間は川の真ん中が県境で、そこを過ぎると阿賀川阿賀野川と呼ばれるようになるようです。

 

川沿いを散歩すると、自治体の境界線を超えるとガラリと風景が変わることをしばしば経験するのですが、この県境ではそこまでの違いはわかりませんでした。

でも、ここからは阿賀野川になります。

 

日出谷駅を過ぎると、今度は鮮やかな青の屋根の家が増えました。

東北の日本海沿岸北陸で感じたように、集落ごとで瓦の色や建物のデザインが統一されているのでしょうか。面白いですね。

 

庭瀬駅では駅のホームにたくさんの野生の猿がいて、窓越しに威嚇されました。

 

津川駅の手前では、まだ道路に泥や流木が溜まっている場所があり通行止になっていました。阿賀野川左岸から支流の常浪川が合流しています。

しばらくするとまたダムがあり、徐々に川幅が広くなり平地へと向かい始めていることを感じました、

咲花駅という由来が気になる駅をすぎると、阿賀野川頭首工が見えました。次の馬下駅の手前で磐越西線阿賀野川を離れます。

その頃にはすっかり晴れて、わずかの雲に夕日が輝いて水田地帯を照らす幻想的な風景になりました。ちょっとまた方向感覚がおかしくなりましたが。

 

秋の夕暮れはあっという間です。新津に到着したときにはすっかり日が落ちました。

夕闇迫る中、新潟駅までは目を凝らして小さな川を眺めました。新津を超えると、それらの川は阿賀野川ではなく信濃川へと流れ込みます。

地図を何度見ても、新潟の川の流れは複雑すぎますね。

 

2日間の「茨城から福島、山形そして新潟の川と海をひたすら見る散歩」が終わりました。

 

 

 

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