つじつまのあれこれ 39 「将来、歴史の審判に堪えられるように」

「尾身氏、コロナ5類移行後に警鐘 『まだ普通の病気ではない』」(2023年5月2日、共同通信)の記事の中で、この一文に惹きつけられました。

 

「将来、歴史の審判に堪えられるように」

 

将来とは一世紀後、数世紀後かもしれません。批判の嵐が反動のように起こる中、さまざまな角度から歴史を見直して「あの時代に適切な判断だった」と言われるのは。

そして時には失敗だったことも記録されながら、普遍性のある医療への足掛かりになっていく。

最近、あちこちを散歩して知る歴史のその行間に重なります。

 

こうした言葉を心から発することができるのは、少なくとも30年とか40年ぐらい人の生命に影響を与えるような立場で葛藤されてこられたからに違いないと思います。

それくらい真の理解をすることが難しい言葉ですね。

 

 

昨日の「コロナ禍でのお産の現場をどうしていくか」?という新聞記事に対して「つじつまがあわない」と感じながら書いていた時に、ちょうどこの「将来、歴史の審判に堪えられるか」という言葉が重なりました。

 

*独善的なケアは10年ぐらいで忘れられる*

 

思い返せば1980年代終わり頃から「昔のお産は良かった。温かかった」「それに比べて病院のお産は」という批判から自然なお産という運動が広がりました。

 

2000年代に入ると寄り添うという言葉の広がりとともに、さらに代替療法や完全母乳とかカンガルーケアとか産後ケアとか話題になりました。裏を返せば、これまた「病院では対応してくれない(自分は大事にされなかった)」への反応のようなケアの独善性へと変化したともいえそうです。

 

あれだけ狂気に翻弄された現場も現在は憑き物が落ちたように、「そんな時代もあったのですね」と驚かれます。

 

 

*その報道がどのような影響を与えたかの歴史の審判*

 

不思議なのは、誰が対応しても救命が難しい状況での結果に対してはその地域から分娩施設が撤退するほど批判の報道が続くのに、医療介入を拒否したり完全母乳やカンガルーケアで赤ちゃんに事故が起きても報道がされないことでした。

問題提起して報道してくださったら、被害は少なくて済んだのに。

 

 

新型コロナウイルス感染症拡大し始めてから、人工呼吸器やECMOで治療を受けている患者さんの映像はインパクトがあるからでしょう、ニュースでよく見かけます。

あるいは医療機関での受け入れ不能のため自宅療養しかなくて、「軽症」の方々が辛い症状を訴えている様子も報道されました。

ところがかたやその症状の深刻さを強調し、かたや「新型コロナでも経ちつ分娩を」を始め感染を軽視するような報道をすることに矛盾を感じないのか、今回も不思議に感じることが多々ありました。

 

 

1年ほど前、大阪ではコロナ陽性の妊産婦さんを受け入れる周産期センターが限界になり、一次施設でも対応せざるをえなくなったと風の頼りに聞きました。都内はなんとか、妊産婦さんや新生児を優先的に受け入れるシステムが維持されていましたが。

 

平時から出産育児のリスクマネージメントを理解した上での報道体制があれば、何を伝えたらよいかまた違っていたのではないかと思います。

新型コロナウイルス感染拡大の当初の混乱時から出されている周産期三学会合同ガイドラインを元に、3年間でどのように周産期医療の状況や判断が変化しているか伝えてくださったら、また視点の違う記事にもなったことでしょう。

未曾有時にどのように情報を得るかによって社会は安定もするし混乱もしますからね。

 

そして平時でも出産については言葉にすることが難しいので、未曾有の状況ならなおさら「声」を集めることによって言葉にならないものを無理に表現させているのかもしれませんね。

 

報道した内容がどのような影響を与えてしまうのか。

「ペンの力」を怖いと感じられるかどうかが、その報道が将来、歴史の審判に堪えられるかまで責任を持てるかどうかでしょうか。

怖いですよね、誰かの人生に影響を与えてしまうというのは。

 

 

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