行間を読む 105 「道に歴史あり」

美山通りの街路樹が整備された理由はなんだったのだろうと気になっています。

街路樹というと、緑の少ない都市部の景観のためというイメージで、しかも落ち葉が大変と反対されることもありますから、こんなに山が近くにある場所に立派な欅が植えられていることは意表を突かれました。

 

欅の大きさから考えると、少なくとも10数年以上は経っているように見えました。

 

検索してみましたが、美山通りの歴史のようなものはまだなさそうです。

東京都道61号山田宮の前線の「歴史」は、通行止のことだけ書かれていました。

・2017年(平成29年)

 ・10月23日ー台風21号による土砂災害により通行止めとなる、

 ・11月9日ー上記土砂災害通行どめの代替路措置として圏央道八王子IC↔︎あき

  る野IC間のみの利用車両無料措置を開始する(都道復旧までの間)。

 

 

2017年の台風21号は平成29年台風21号よると、「1991年以降の台風で初めて超大型の状態で上陸した」というのに、すでに記憶がありません。

「被害」を読むとここ2~3年で訪ねた場所が多く含まれていて、今ならまるで自分のことのように心配になります。

この美山通りのニュースも記憶にありませんでした。

 

*地図で美山通りをたどる*

 

地図を眺めるのが好きなのに、運転しないので道をなかなか覚えられません。

 

Macの地図は、道路を中心にした「マップ」と鉄道を中心にした「交通機関」そして航空写真の3種類に切り替えられるのですが、運転することがないので常時「交通機関」の地図になっています。

「〇〇街道」とか「国道何号線」といっても、ほとんど思い浮かばないのです。

 

この美山通りの街路樹が気になって、久しぶりに「マップ」に切り替えてたどってみました。

 

 

武蔵野御陵を過ぎてすぐの宮の前交差点から美山通りが始まり、圏央道美山町を過ぎて秋川街道の上川橋交差点で一旦終わります。

そして秋川街道を300mほど西へ行くと、途中から今度は山田通りになってこの都道61号線が日の出町まで続いています。

八王子霊園を訪ねたあとは八王子駅に出て、そこから武蔵五日市駅までバスに乗りました。このルートだと、浅川の支流のひとつ、川口川沿いを通ります。その途中で、秋川街道を通ったので、この美山通りから山田通りに変わる区間も通過していたのでした。

 

この沿線の歴史はどのような感じだったのでしょうか。なぜここに道が造られたのでしょう。

なぜ途中、秋川街道を間に入れて異なる道路名で続くのでしょう。

どれだけの人がこの道をつくるのに関わったのでしょう。

そして美山通りのあの街路樹にも、どのような歴史があったのでしょうか。

興味が尽きません。

 

羽村で見つけた道に歴史ありという言葉を思い出しました。

 

散歩にはほんと終わりがないですね。

 

 

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