なんだかまた脈絡のないタイトルですね。
今回の2日目に路面電車の1日乗車券を購入しようと思ったのは、高知県内のバスや鉄道の運賃の高さにちょっとびびったからです。
土佐市を訪ねるのに、高知駅からの路線バスで片道1000円以上かかるのは事前に確認していました。
土佐市中心部から高知市へ出かけるのであれば、この地域の方は往復2000円以上かかることになります。
私が通勤で電車に乗る距離と変わらないのに、交通費は倍近くになります。
どれだけ高いかというと、たとえば新宿から小田原まで距離は4倍ほどあるのに小田急線だと900円で行けてしまいます。首都圏で往復2000円というと結構遠くまで行けてしまいますね。
バスが高いだけでなく、2日目に乗ったごめん・なはり線も立田駅から奈半利駅まで1080円でした。無人駅から乗ったので途中で車掌さんが精算してくれる時に、「往復だと安くなりますよ」と教えてくださいましたが。
それでも都内の公共交通機関に比べて、地方へ行けば行くほど格段に高い交通費が必要になります。
私がこの地域で車も持たずに暮らすとなると相当な交通費を確保しなければなさそうですが、みなさん、どうしていらっしゃるのでしょう。
車を持つのが当然だとしたら、都市部と給与差もある上にその維持費や燃料代すべて自分もちになるのも釈然としないですね。
都市部は利用する人が多いから、バスや電車代が安くなるのは当たり前なのだろうか?
利用客が少ない赤字路線なら廃線は当然という風潮の中で「公共性」ってなんだろうと考え続けていますが、もやもやしたままです。
*現代の参勤交代制といえるかも*
そんな時に読んだ「地域記録集 土佐の村々」の中のこの箇所に、「これだ」と思いました。
江戸時代になると、土佐藩は幕府からの度重なる軍役への対応に苦慮することになる。参勤交代と江戸屋敷の維持、将軍や幕閣への献上・進上などの恒常経費に加え、江戸城や大阪城の御手伝普請、福島正則改易に伴う広島城請け取りへの出兵など、臨時出費も莫大で、まさに土佐藩は「すりきれ」状態であった。
(強調は引用者による)
「御手伝普請」と聞くと、まず宝暦治水を思い出すようになりました。なぜ現代にも木曽三川流域でこの薩摩藩士が祀られた場所が多々あるか、その過酷な歴史とともに。
「江戸」を「都市部」、そして「土佐藩」を「都市部から離れた場所」に置き換えてみると、都市部にさまざまな機能や利便性そして富が集中しているのに、そこに出かけるのに中心部から離れていればいるほどそこへ向かう負担は大きくなる感じです。
少しでも近いところに住んで交通費を節約しようとすれば、これも一極集中に拍車をかけているかもしれませんね。
まあ、「経済」に疎い私なのでいい加減な思いつきですけれどね。
*目から鱗*
そんなことを考えていたら、とあるドラマで「メルボルン市内の路面電車は誰もが無料」という情報がありました。
確認すると市の中心部は無料で、それ以外の路線や電車は「ビクトリア州のどこに住んでいても交通費は1日10ドル」だそうです。
ちなみにシドニーを見てみると、オパールカードを使うと「1週間の上限は50ドル、1日の上限は18.7ドルでこの上限を超えたらその日の交通料は無料」と書かれています。
一瞬、何がどうなっているのか理解できないほどですね。
オーストラリアの交通機関の「公共性」とはどんな考え方なのでしょう。
日本と同じように「利用者が多いからコストダウンできる」という考えでしょうか、それとももっと別の発想があるのでしょうか。
徒歩でバス停あるいは駅に向かうことができ、そこからよほどの長距離でなければ公共交通機関を料金を気にしないで利用することができる。
そんな時代は日本にもいつか来るでしょうか。
それとも自家用車が売れないと経済が行き詰まるような国だから、無理でしょうか。
考え続けてみると、また目から鱗な発想にたどり着くかもしれませんね。
もちろんそれぞれの国のそれぞれの歴史があるのですが、「これしかしょうがない」とあきらめていたことの突破口になりそうな発想に出会うかもしれません。
「小金がまわる」まとめはこちら。
骨太についてのまとめはこちら。