土佐市の水路沿いを歩くことができ、鎌田井筋(かまだゆすじ)の歴史を知ることができた充実の1日目が終わりました。
バスと路面電車を乗り継いで高知駅のそばへ戻ってきた時は、すっかり日が落ちていました。
遠出をした時の楽しみの一つ、その地域の天気予報とテレビ番組を見ることです。
さっそく番組表を見てみましたが、残念ながら香川県と同じくローカル番組がなさそうです。
そして最近は、BS放送も以前のような落ち着いた番組がほとんどなくてテレビショッピングばかりになってしまいました。
あの良い番組を作ってくださっていた方々は、どこへ行ってしまったのでしょう。
さて高知県の天気予報は、弧を描いたような土佐湾に沿って細かく地域が分かれているようです。
NHKの天気予報では、西から「宿毛」「足摺岬」「西土佐」「中村」「檮原(ゆすはら)町」「四万十町窪川」「須崎」「いの町本川」「本山町」「高知」「南国 後免」「香美 物部」「安芸」「室戸岬」になっていました。
ほんと、岬から岬へという感じですね。
民放では、カツオの一本釣りの風景が映し出されながら天気予報が伝えられていて、ようやく高知県のテレビだと実感しました。
沿岸地域の翌日の予想気温は15度で、内陸部は10度前後でした。明日も快晴。散歩日和になりそうです。
散歩の2日目、朝起きると4度でした。
テレビをつけると高知のテレビ局もシュールな宣伝ばかりのようで、この日の朝も地元の実直なニュースやCMには出会えそうにないとちょっとがっかりしていたら、日本側にも息を吹き返そうと機を狙う人が多いあのアメリカの大統領就任のニュースでした。
ああ…。
それでもまだ1月下旬のこの時にはまさか他の国の大統領を幼稚な言葉で罵倒したり、次々と大統領令で人の人生を壊す暴君に成り果てるとは想像してもいませんでしたね。
ちょっと気持ちがどんよりとしてカーテンを開けたら、ちょうど隣のビルの屋上がまるで窓枠のようにその向こうが見える作りで、美しい朝焼けと浦戸湾へと流れ込む国分川の川面が朝日に輝いて見えました。
そうだ、今日は高知市周辺の美しい田畑の歴史を歩くのだと、気持ちが切り替わりました。
*高知駅から土佐山田駅へ*
路面電車のとさでんには一日乗車券があることを知ったので、駅のそばでまず購入しました。
路面電車のある街は子どもの頃の記憶と重なって好きですし、車を持たないのでこうした公共交通機関で自由に移動できることが本当にありがたいと思うことが増えました。
さらに高知市内と周辺はバス路線もけっこう充実しています。
午後は、一日乗車券とバスを使いながらちょっと行き当たりばったりで歩いてみることにしましょう。
高知駅から土佐山田駅まで各駅停車もあるのですが、JRバスの時刻にあわせて南風8号岡山行きに乗ることにしました。
土佐山田駅まで8駅、乗車時間わずか11分で特急料金450円かかりますが、やはり特急は速いですね。
市街地を抜け久万川を渡ると、じきに干拓地の雰囲気になります。
「薊野駅」、きっと難読駅ですね。読めないまま通過しましたが、「あぞうの」と読むようです。「薊」はどんな意味があるのだろう、「魚」に関係しているのかと検索したらまさかのあの「あざみ」でした。いやはや、この年になるまで知らなかったとは。
そしてこのあたりから水田地帯に水路が広がり、土佐一宮駅、布師田(ぬのしだ)駅そして土佐大津駅のあたりまで広大な干拓地のようです。1月下旬、すでに田おこししていて何かを植える準備をしていました。
ところどころ水門が見えます。どうやってこの地域を淡水化したのでしょう。どんな歴史があるのでしょう。
「高知県、干拓」で検索して見つけたのがこの布師田地区で、最初の計画ではここを歩く予定でした。そのあと山田堰を見つけて計画変更したのですが、ああ、やはりここも歩いてみたいと思う美しい風景です。
土佐大津駅を過ぎると、南側の小高い丘陵地の向こうに土佐湾が見えました。
もしかしたらこの丘陵地はかつては島で、現在は内陸部に見える「土佐大津」のあたりは海に面した港町だったのでしょうか。
そんなことを考えていると「後免(ごめん)」のあたりではその小高い場所の斜面にぎっしりと住宅が建って、屋根が太陽に照らされて輝いていました。
田畑に近い場所には、昔ながらのどっしりとした瓦屋根の家屋が残っています。
祖父母の干拓地と重なる風景に地図で想像したことがほぼ当たったことに満足し、9時24分土佐山田駅に到着しました。
「散歩をする」まとめはこちら。
「あの日(2022年7月8日)から考えたこと」のまとめはこちら。