湛井(たたい)堰のそばの公園に説明板がありました。
湛井十二ヶ郷用水
県下でも最大の灌漑規模と古い歴史を持つ湛井十二ヶ郷用水(以降、十二ヶ郷用水)の起源は不明ですが、平安時代にまでさかのぼるといわれ、伝承によれば、平安時代末期の武将妹尾太郎兼康(以降、兼康)により改修されたと伝えられています
兼康は、備中妹尾郷に所領を持ち、その所領の田に水を引くため、湛井堰の築造と用水路の改修を命じました。兼康は、堰の位置をどこにするか悩んでいましたが、ある日高梁川を眺めていた兼康の目に、白蛇が川を横切り向こう岸に渡るのが見えたため。その場所に堰を造り、湛井堰を完成させたという伝承が残っています。十二ヶ郷の主な水路についても、兼康が馬に乗って各地を回り、用水路に適した箇所に目印の竹を立て、水路を掘らせたと伝えられています。平氏方の武将であった兼康は、源義仲との戦いで果敢に戦いましたが敗れ、勇ましく戦死しました。
湛井堰を見下ろす権現山の山腹には、湛井堰と用水の守護神である井神社と兼康を祭った兼康神社があります。十二箇郷の人々は、用水の恩人として兼康を祭り、また、毎年井神社では初堰祭として用水への豊富な通水と豊作を祈願する祭祀がとりおこなわれています。
そもそも、湛井堰のできる前には、湛井より少し高梁川を下った(約六百メートル下流)、字六本柳というところに取水の堰があったといわれています。
十二ヶ郷用水はいつごろ造られたかはわかりませんが、おそらく字六本柳の堰があったところは、古代の高梁川が東へ分流する分岐点であったと考えられ、その古代の川筋を利用して用水路が造られたと考えられます。平安時代の初めに、堰を修理する費用を国が出したという記録が残っていることと、服部郷図という古代の服部地区を描いた絵図には用水路が描かれていることから、おそらく平安時代には十二ヶ郷用水の原型となるものがあったと考えられます。
十二ヶ郷用水の配水地域は、上流から刑部郷・八田郷・三輪郷・三須郷・服部郷・庄内郷・加茂郷・庭瀬郷・撫川郷・庄郷・妹尾郷(現在の総社市南東部、岡山市西部、倉敷市北東部、岡山市南西部)の十二箇郷であり、ここから十二ヶ郷用水の名前がつきました。ちなみに服部郷までの六郷を上郷といい、庄内郷以下の六郷を下郷と呼んでいます。この用水を利用して稲作をしている水田の面積(灌漑面積)は、約四千六百ヘクタールにおよんでいます。
昭和四十年(一九六五)に現在の合同堰(湛井堰下流約二キロメートルに造られていた上原井領堰との合同堰)が完成するまでは、湛井堰では毎年高梁川を堰き止める、堰づくりがおこなわれてきました。田植え前の5月下旬ごろから湛井堰の取水口にたまった土砂を取り除く「せぼり」という作業を行い、そして、十二箇郷の人々で分担して堰場に木枠や石を運び堰を築きました。こうして、田に水を引き稲を育てました。その後は、秋の彼岸過ぎには用水の水はいらなくなり、船の通行や砂を通すため、堰をとりはらいました。十二箇郷の人々は、長い間、人力でこうした作業を毎年続けてきたのです。このように古い歴史と有数の灌漑規模をもつ十二ヶ郷用水は、強い水利権を持つとともに古くから自治的な管理運営を行なってきました。旱ばつの年には、湛井堰より下流へ水を流さない権利を持っていたため、堰より川下の村々では水不足に悩まされていました。そして、高梁川を行き来する高瀬舟などの船は、堰が設けられる間は通行を禁止されていました。江戸時代、諸国を巡っていた遊行上人という高僧が舟で高梁川を下る際にも、湛井堰の通船を止め、さらに幕府御用銅の輸送についても、堰の通船は認めませんでした。また、堰や用水の管理については、室町時代末期から、十二箇郷村々から代表である惣代出役を選出し、合議を行い、自治的に費用や人夫を出す事等を取り決めていました。その後明治時代以降、こうした管理運営は、湛井十二箇郷組合が結成されて行われ、現在に至っています。
現在の十二ヶ郷用水は昭和三十年に農業用水の貯水を目的に完成した古坂部川ダム(新見市)からの放流と水路改修により安定した通水が行われています。そして農業用水としてだけでなく、生き物の生息の場、雨水や生活排水、防火用水などの多面的な機能も果たしながら、長い歴史とともに地域の財産として受け継がれています。
一つの堰にも用水路にも立ちすくむような歴史がありますね。
そして1965年(昭和40)に現在の合同堰が完成したようですが、その3~4年後に父が運転するマイカーに乗ってこの高梁川沿いの国道180号線を通って宍道湖へ家族旅行に行ったのでした。
あの頃は、この地域の平安時代からの農業用水の仕組みが大きく変わり、そして高梁川の下流では工業地帯へと驚異的に変化する時代だったのだとつながりました。
*おまけ*
説明板にはさらに「十二ヶ郷用水系統図」が描かれていて、ポイントとなる17ヶ所の写真と説明がありました。
次はどこを歩きましょうか。
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