行間を読む 110 「快適な車内設備にこだわる」

あちこちと遠出の散歩をするようになって、各地の鉄道に乗る機会が増えました。

川や干拓地が目的で乗り始めたのですが、最近では日本中の鉄道に乗ってみたいと思うようになって、自分でもあぶないと思っています。

 

ただ、地図を眺めるのは好きでも、各地の路線図はなかなか覚えられません。

名鉄線も2年前に豊川放水路を見に行った時に利用し、初めて意識にのぼりました。

でも最近まで、名鉄線と近鉄線の区別がつかないぐらい鉄道には疎かったのでした。

 

今回、明治用水愛知用水を訪ねて、名鉄線をたくさん利用しました。

蒲郡線のような鄙びた風景を静かに走る列車もあれば、なんと岐阜までいく長距離の特急もあり、愛知県から岐阜まで四方八方に網羅されている路線図を見ているだけでも、また乗りたくなりますね。

そして幻の路線の歴史も知りました。

 

明治以降それぞれの地域で鉄道開通への熱烈な思いがあって、今があることをますます感じるこの頃です。

 

 

*不思議な座席*

 

関西の列車は進行方向に向かって二人がけの座席が多いので、乗る時にリラックスできます。

関東圏でもロングシート以外にボックス席があるのですが、膝を付き合わせるような狭さと向かい合う人と目を合わせないようにすることが苦痛で、それならロングシートの方がましという選択です。

 

名鉄線も蒲郡線ロングシートでしたが、一車両を独占するくらい乗車している人がいなかったので苦痛ではありませんでした。

それ以外に、ロングシートと進行方向に向いた二人がけ席という列車もあり、関東から行くと画期的な方法に感じました。

 

そして驚いたのが、名鉄知多線の上野間駅から内海駅間で利用した車両です。

前方が特急車両で、後方に普通車両が接続されていました。

それだけでも意表をつくものでしたが、普通車両の座席にまた驚きました。

一つの車両で半分ぐらいがロングシートで、半分は一人がけと二人がけの席の席になっています。これは便利ですね。

 

Wikipedia名古屋鉄道を読んでいたら、「本業への回帰」にこんな箇所がありました。

1973年(昭和48年)のオイルショックを境に低成長時代となり、名鉄も事業計画を大幅に見直さざるを得なかった。喫緊の課題として自家用車から転移した影響による通勤客の著しい増加に対応するため、事業投資も路線・車両・駅施設の整備など本業優先となり、本格的な「大都市圏鉄道」へと脱皮をするきっかけとなった。それまでの名鉄は快適な車内設備(クロスシート車)にこだわり、いわゆる『通勤型車』(3扉以上のロングシート車)を持たない大手私鉄として有名であったが、東京急行電鉄(のちの東急株式会社)から純通勤車(3880系=東急3700系)を緊急導入したのをきっかけに、1976年(昭和51年)以降は本格的な『通勤車』の導入(6000系)を開始し、朝夕の通勤輸送に本腰を入れて取り組むようになった。

 

ちょっと勘違いしていたのは、マイカー通勤時代は1960年代以降ずっと続いていたと思っていました。

1970年代から80年代、次第に都内の駅の混雑が進んだのも人口増加によるものと思っていたのですが、「自家用車から転移した影響による通勤客の著しい増加」も背景の一つだったのでしょうか。

 

それにしても快適な車内設備にこだわって、「通勤車」を持たなかったとは。

都内近郊でもここ数年、FライナーとかSトレインとか、ロングシートから二人がけにしてゆったり通勤できる車両が出現して画期的!と思ったのですが、名鉄はもっと先を行っていたということかもしれませんね。

 

 

 

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