2024年12月27日に久しぶりに母乳バンクの記事があったので読んでみましたが、「母乳バンク、知らない人ほど『自分以外の母乳を与えることに抵抗感』 小さく生まれた赤ちゃんを救う」(withnews)というタイトル通り、「他の人の母乳を我が子にあげることに抵抗が感じられる」という内容でした。
母乳バンクについて「言葉も内容も知っている」と答えたのは27.9%……。ベビー用品メーカーの調査で、母乳バンクの認知度が直近3年間でほぼ横ばいになっていることが分かりました。仮に自身の赤ちゃんへ、寄付された母乳「ドナーミルク」を使う必要があると判断された場合でも、「抵抗を感じる」という声が54.5%ありました。関係者は「引き続き安全性を説明していく」と話しています。
調査の中で「主な理由として多かったのは『自分以外の母乳を与えることに抵抗があるから』」が48.5%で、「ついで『母乳は血液からできているため、感染症など病気がうつる不安があるから』(17.5%)、『ドナーミルクに安全上の不安があるから』(16.2%)」とありました。
となると、むしろ安全性の不安よりは「他人の母乳をあげることへの抵抗」が一番の理由のようです。
ただ、ここ10年ほどは「無事に生まれればそれで良いです」とおっしゃる方が増えてきましたので、妊娠中から出生後まで赤ちゃんに必要があれば検査や治療や適切な栄養方法を受け止めてくれる方がほとんどの印象です。
もし「母乳を人工乳より先に与えることで極低出生体重児(1500g未満)の赤ちゃんの壊死性腸炎を予防できる」と明確になっているのであれば、輸血や血液製剤を受け入れるのと同じようにドナーの母乳を受け入れるのではないかと思います。
それなのになぜアンケートで上位の「気持ち」への対応の話のはずが、「安全性」への話になってその記事は結ばれているのでしょう。
*母乳バンクの始まりと変遷*
10年ほど前に日本でも母乳バンク設立の話題があった時に、やはりこの「早産児・極低出生体重児の壊死性腸炎を防ぐ」という理由だったように記憶しています。
それで、日赤の血液センターのような施設をイメージしていました。
どんな議論の経緯があったのだろうと検索していたら、「早産・極低出生体重児の経腸栄養に関する提言」(日本小児医療保健協議会栄養委員会、令和元年7月1日)にこんな箇所を見つけました。
内容は母乳バンク設立をすすめるための提言のようです。
世界の現状と本邦における母乳バンク設立の経緯
世界的に母乳バンクを設立する動きがあり、世界の50か国以上で600を超える母乳バンクが活動している。北米母乳バンク協会に加盟している非営利の母乳バンクは27あり、この1年間で3つ新たに設立されている。アジアでも中国、韓国、台湾、シンガポール、ベトナム、インド、フィリピンなどに設立されている。日本では2014年4月から2017年3月の3年間に厚生労働科学研究(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業):HTLV-1母子感染予防に関する研究:HTLV-1抗体陽性母体からの出生児のコホート研究の分担研究として母乳バンク運用基準が作成された。
あれっと思いました。
早産児・極低出生体重児の壊死性腸炎への医学的な議論から始まったのだとばかり思っていましたが、母乳を介して感染する疾患への研究だったようです。
「提言」にはこう書かれています。
1. 早産・極低出生体重児にとって自母乳は最適な栄養であり、NICUにおいても母乳育児を推奨し支援すべきである。
2. 自母乳が不足する場合や得られない場合、次の選択肢は認可された母乳バンクで低温殺菌されたドナーミルクである。
3. 将来的には、母乳と人乳由来の母乳強化で栄養するEHMDが早産・低出生体重児に与えられることが望ましい。
(強調は引用者による)
あれっ。
数年前の提言ですから「壊死性腸炎の予防」が最優先かと思ったら、「母乳育児推奨」の話になっていました。
「EHMD exclusive human milk-based diet」とは、「ウシの乳由来成分を用いず、母乳に人乳由来母乳強化物質を添加する栄養方法」だそうです。
イメージとしては「自母乳>ドナーのヒトの母乳>>>>>>>>>>>>>ウシの母乳」感じでしょうか、あくまでもウシのドナーは受け入れませんという感じ。
そして「本提言の背景と内容」の最初の部分は、以下の通り。
早産・極低出生体重児のみならず、新生児・乳児における最適な栄養素は自母乳である。早産児の栄養を自母乳で開始することは、新生児壊死性腸炎、慢性肺疾患、後天性敗血症に対する予防効果、将来的な神経発達予後の改善など様々な利点がある。早産の母親であっても、産後数時間以内から搾乳を開始する。病院水準の電動搾乳器と手による搾乳と組み合わせることなどにより母乳分泌の確立が早まるという報告もあり、すべてのNICUにおいて科学的根拠に基づいた母乳育児支援が受けられることが望ましい。
「母乳育児支援」「最適な栄養素は自母乳である」という表現が使われることから、この提言も1970年代からの調整乳反対キャンペーンから発展した「母乳推進運動」に近い考え方の印象を受けました。
そして1989年の「母乳育児成功のための10ヶ条」から、「完全母乳(exclusive breastfeeding)」という言葉が広がり、災害時にもそして途上国や紛争地域の栄養状態が悪い地域でもそれを広げようとした激しい動きを思い出しました。
「早産児・極低出生体重児の場合、人工乳では壊死性腸炎のリスクが高いので母乳が望ましい」ということと、「早産児用の人工乳を先に飲ませたからと言って、その暴露から壊死性腸炎になるわけではない」ということは全く意味が違いますね。
「早産児の壊死性腸炎を予防するためにはまずヒトの母乳が人工乳より先に必要」なのかと思っていたのですが、こうして時系列を時々見直すと、なんだかつじつまがあわないですね。
まあ「母乳育児推進」という流れは強固なようです。
*おまけ*
冒頭のニュースで調査をした会社は、「母乳で授乳したいお母さんのためのトレーニング用の哺乳瓶」を出している会社で、その商品名からか、おそらく全国の産院で広く使われているのではないかと思いますがその効果はどうなのでしょう。
1991年に発売されてかれこれ三十数年。当時は国際的な完全母乳戦略で、メーカーへの監視も強まった時代だったのでミルクを飲ませるための哺乳瓶にまで「母乳相談室」という名前が採用されたのだろうなと想像しています。そんな時代でした。
「母乳育児という言葉を問い直す」まとめはこちら。
合わせて「完全母乳という言葉を問い直す」、「母乳のあれこれ」、「乳児用ミルクのあれこれ」、「哺乳瓶のあれこれ」もどうぞ。