散歩をする 555 輪之内を訪ねることに

散歩の2日目は養老線多度駅から念願の木曽三川公園と治水神社そして福原輪中から長島輪中へと歩き、高須輪中の海津市立歴史民俗資料館と、充実した1日を過ごして岐阜羽島駅に戻った時はもうすっかり夜でした。

どこからかギャーギャーと凄まじい声が聞こえてきます。どこからだろうと目を凝らすと、駅前の電線にものすごい数のムクドリが止まっていました。新幹線の車窓からは想像もつかない夜の風景ですね。

 

この日の朝にバスから見えた蓮池を確認しに行きました。岐阜羽島駅から北へと通る県道206号線沿いにあります。片側3車線のメインストリートですが、18時ごろにはすでに薄暗く、目を凝らさないと前から来た人の顔もわかならいくらいでした。

ビルとビルの間に、細長く蓮池があるのを確認して満足しました。おそらく新幹線開業当時はこの辺りは水田だったことでしょう。

 

*やり残した宿題がまたまた増えて最終日に*

 

散歩の最終日、4時半にホテルのカーテンを開けてみました。ほんの少し期待をしたのですが、雨で煙っています。

昨夜は宮崎で線状降水帯が発生し洪水のニュースがありましたから、その雨雲が到達したようです。

 

もし奇跡的に曇りだったら、やはり最初の計画だった長良川の堤防そばの治水神社からお千代稲荷、そして大榑川沿いにある平田公園まで歩いてみたいと思っていました。

 

木曽三川」を初めて知った2019年以来、地図と検索して知る名前が少しずつ記憶に残るようになり、地図で「平田公園」「大榑川堤」を見たときにきっと宝暦治水の平田靱負(ひらたゆきえ)に由来しているのではと想像しました。

他の地域であれば「平らな場所に造られた新田」のように、地形からきた地名だと思ったことでしょう。

Wikipediaの「平田町」を読むと、正解でした。

「平田」という地名は、宝暦治水を指揮した薩摩藩家老の平田靱負に因んでいる。

ここを歩いてみたい。

 

でも2日間の疲労が溜まった最終日に、本降りの雨の中を荷物を持って歩き回る気力は残っていませんでした。

予定通り、今回は第二案にすることにしました。

 

 

*輪之内からバスを乗り継いで大垣へ行く計画*

 

遠出の前の計画を立てる段階というのは「産みの苦しみの楽しさ」のようなものがあります。

あちこち行ってみたい場所を、それを公共交通機関の時間に合わせながらその日の天候と歩くことが可能な距離かなどを組み合わせてつないでいきます。

いく通りも計画はできるのですが、「どこまでも歩けそう」という気分で作っていないかとか見直してやり直してみたり。

 

この最終日の計画は、地図を眺めているときに惹かれた「輪之内」を訪ねましょう。

「輪」というのは、盛岡城の腰曲輪(くるわ)興国寺城跡の「北曲輪」あるいは芝原用水の内輪・外輪とか樋の輪など、お城や堀あるいは用水路に関係した使われ方があることを散歩をするようになって知りました。

 

 

現在の地形からとても「輪中」を想像できなかったので、ここは大垣城の堀や用水路に関連した地域なのだろうかと、最初想像しました。

そのうち、養老線友江駅の近くに「輪中館」を見つけました。

ここよりもさらに川上なのに、揖斐川右岸にも輪中があるということは、長良川揖斐川に挟まれたこの「輪之内」も輪中でしょうか。

 

ふと輪之内文化会館を見ると岐阜羽島駅からのバスがあり、そしてそこから大垣行きのバスに乗り継ぐことができるようです。

1時間ほどの待ち時間に近くの田んぼを見てみようかなと思ったのですが、輪之内文化会館内の図書館に歴史民俗資料館があるようです。

 

このルートで大垣に出てみよう。途中下車して、友江駅の近くの輪中館も訪ねてみたい。

計画が決まりました。

 

ちなみに岐阜羽島駅周辺はかつては「桑原輪中」で、長良川を越えると「高須輪中」の北端になり、大榑川が高須輪中とこの輪之内がある「福束輪中」の境界線になるようです。

 

少しずつあの木曽三川の中にかつてあった不定形の輪中の境界線が見えてきました。

 

 

 

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