東京都の無痛分娩への助成の公約を聞いた時に、新生児聴覚検査や先天性代謝異常検査などを全額無料にすればよいのに、そうすれば全員に恩恵もあるのにと思いました。
妊娠・分娩・産後や小児への助成は、全国一律ではなく自治体によって差があります。
が、すぐに思い直しました。
この問題はそこではないのだ、何か虎視眈々と機会を狙っている動きにつながっているのだと。
*無痛分娩助成、その先にあるものへの「にんじん」*
まずは手始めに分娩の健康保険化と分娩施設の集約化、そしてさらには国民皆保険制度を大きく見直して民間の保険でまかなうアメリカのような社会へ流れを変えたい思想の人が政治家に多いのではないかと思えてきました。
おそらく、狙っているのはこのあたり。
分娩施設はさらに集約化され、保険適応での産後の入院期間はもっと短くなり、イギリスとかアメリカのように出産2時間後には退院もあり得るかもしれませんね。
財源問題で健康保険制度が槍玉にあげられているというのに、妊婦健診や出産費用を健康保険に組み込もうとすることはつじつまがあいませんね。
むしろ現在の産科医療は保険適用分が少なくて自費分が多い混合診療で、国民皆保険の中では特殊な分野ではないかと思います。
そしてほかの国に比べれば日本は長い産後の入院期間ですが、ほんの数十年前でもまだ産後十分な栄養も休息もなかったお母さんたちの問題や1960年代ごろからの栄養と衛生状態の改善や小児医療の発展によって新生児死亡率・乳児死亡率が改善されたことなど、無事に分娩が終了しただけでなくその後を異常にさせないための無償の対応が行われてきた日本の周産期医療の歴史があります。
そして国民皆保険制度の中でも健康保険の給付にはならない部分を、出産育児一時金や自治体の補助そして分娩施設の持ち出し分で対応してきたからこそ現場の問題からかゆいところに手が届くような解決策をうみだし、自費分も抑えることができるように柔軟に対応できたのではないかと思います。
*ただほど高いものはない*
実質自由診療よりの産科医療なのに、あえて健康保険に組み込んで、さらに「分娩費用の無償化」をうたうのはなぜだろうとつじつまの合わなさを考え続けています。
やはり病院の集約化を図り、入院期間を短くして「産後ケア」へ誘導する。
この「無痛分娩への補助」はあくまでも東京都知事の公約ですが、無痛分娩の希望者が増えれば分娩施設の集約化や早期退院推進が加速されることでしょう。
「産後ケア」とは名がついていても、現在の医療法に基づく産科とは似て非なるホテル業・宿泊業の形態です。
周産期医療をビジネスチャンスにしたい人がいるのだろう、と。
2000年代の産科崩壊といわれた時期に分娩取り扱いをやめた施設がたくさん出て「お産難民」といわれた時代がありました。
何とか体勢を立て直し始めたころ、早期退院を進めて産後ケア施設を受け皿にするという方針が、産科関係の学会からではなくなぜか経済諮問会議から出されたのでした。
さいわいにしてその動きは下火になり、出産した施設でそのまま最低でも数日間は入院することができています。
今回の公約も、膨らみ続ける社会保障は聖域とせず見直すという「骨太」のイデオロギーに近いものを感じます。
ただより高いものはない、と思うことが増える最近の日本の政治です。
*胎児や新生児は健康保険扱いになるのか*
ところで、「正常分娩が健康保険扱い」になると、現在は経過に問題のない新生児は「母親の付属」として自費扱ですが、出生直後から被保険者として扱われるようになるのでしょうか?
さらに、お産の進行中の胎児はどうなるのでしょうか。
一人のヒトとして扱われるようになるでしょうか、では「ヒトと認められるのは何週からか、胎内か胎外か」という命題がありますね。
胎児もヒトであれば健康保険の被保険者にするのか。
そして胎児も新生児も「ヒトとして認めて被保険者扱い」にするのであれば、出産は母子二人の救命救急ですから保険給付も二人分、さらに無痛分娩は麻酔の管理が必要ですから手術室やICU並みに医療機関への給付あるいはスタッフの人員配置もきちんと増やしてくれるでしょうか。
たぶん、「正常分娩を健康保険に」を思いついた人はこうした細かい現場の問題や歴史や葛藤なんて考えていないことでしょうね。あ〜あ。
「つじつまのあれこれ」まとめはこちら。
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「産後ケア」についてのまとめはこちら。
あの日(2022年7月8日)から考えたことのまとめはこちら。
あわせて出産の正常と異常について考えたこともどうぞ。