行間を読む 238 『令和のコメ騒動』

2000年代の米先物調取引の導入に対しての意見の中に、「生産調整」という用語が頻繁に出てきました。

・生産調整の努力を無にし、生産現場を混乱させる。

・国が先物取引を認めることは、生産調整の意味を否定したことになり、農家への生産調整に対する理解・努力が得られなくなる。

 

「生産調整」それは「減反政策」とも違うのだろうか、素人にはどんな意味かよくわからないままでした。

 

検索しているうちに、三菱総合研究所の「『令和のコメ騒動』(1)コメ高騰の歴史に学ぶ、今後の見通し」という資料を見つけました。

2025年1月28日付のもので、さらに「(2)コメ価格の一般的な決まり方」「(3)コメ価格高騰の構造と備蓄米放出の意味」「(4)令和のコメ騒動が暗示する政策課題の深層」(いずれも3月11日付)と続いています。

 

「三菱」と聞いただけで、おそらく最近のニュース記事と同じように農林水産省やJAあるいは農家への批判的な内容だろうと先入観を持って読み始めてしまったのですが、全く違いました。

今まで読んだ資料の中では、最もわかりやすい日本のお米の政策の歴史が冷静な視点で淡々とまとめられていました。

 

もっと早くこの資料に気づけば良かったと思いました。

 

*過去にもコメ価格高騰があった*

 

1993年の米不足は記憶にあるのですが、2003年にもコメ価格高騰があったことはすでに記憶の彼方でした。

2度のコメ価格高騰に学ぶ、今後の推移と中期見通し

過去30年間でコメ価格高騰が大きく社会問題化したのは、1993年(平成5年)と2003年(平成15年)の2回だ。特に1993年は前年比で30%以上供給が減り(約1,050万トンから約780万トンまで減少)、減少量が当時の備蓄量を大きく上回った結果、消費者小売価格は前年1.23倍となった。「平成の米騒動」と言われ、タイ米の緊急輸入を余儀なくされるなど大きな社会問題となった。2003年も、冷夏の影響で前年比約15%、110万トンの供給減となった(890万トンが780万トンに減少)。当時の政府米在庫量約150万トンに迫る減少量で、2004年の消費者こうり価格は前年比1.14倍となった

2回のコメ価格高騰のその後だが、1994年の生産量は約1,200万トンまで大幅に改善した。2004年もおおむね2002年並みの生産を確保した。結果、1994年・2004年ともに小売価格が高騰した前年(1992年と2002年)並みの水準に沈静化した

 

過去2回の経緯に比べ、今回のコメ価格高騰の背景にある需給ギャップはそれほど大きくはない。2023年の作況指数は平年並みだったが、酷暑による品質低下の影響で、700万トン程度の需要に対し約30万トン程度の供給不足が発生したと見られる。不足量も在庫量に比べて3分の1程度でしかない。このような状況にもかかわらず、消費者小売価格は、年間平均で前年比1.27倍となった

(強調は引用者による)

 

過去の例と今回の状況の違いがわかりました。

 

 

*コメ流通の完全自由化*

 

コメ流通にどのように政府が関与しているかもまとめられていました。

コメ流通の完全自由化は2004年以降

戦時中を舞台にしたドラマを見ると、「配給制度」というものを目にすることがある。平成生まれの読者であっても、「戦時中は、政府がコメの価格を統制し、政府がコメを買い上げて、国民に配給していた」ということをご存じの方は多いだろう。しかしながら、驚くことにそれらを規定していた「食糧管理法」は1995年まで存在していた。原則論としては、その時代まで農家からのコメの買取価格は政府が決定していた(実際には1960年代後半から自主流通米が認められ、1990年代になると実質的な価格決定権は政府の手を離れていたが、少なくとも1980年代までは政府の管理下にあったと考えて良いだろう)。

また、消費者へのコメの販売価格が自由化されたのは1972年、農家が自由にコメを販売できるようになったのは、食糧管理法が食糧法に替わった1995年からである。ただし、1995年時点ではコメの消費者への販売はまだ認可制で、誰でも販売できるという状況ではなかった。2004年の食糧法の改正により、ようやくコメの流通は完全に自由化され、民間にゆだねられることになった。このように、コメが普通の食品と同じように、自由に売り買いがなされるようになったのは、それほど昔のことではない。

逆に家は、現在のコメの価格決定では、原則として直接的な政府の関与はない。備蓄米の買い入れとミニマム・アクセス米は取引に政府が関与しているが、それ以外は全て、民間同士の取引で価格は決定されている(「原則として」と記載したのは、直接の関与はないものの、生産量目標の提示はしているためだ。また、2025年2月14日に価格高騰時の備蓄米放出方針が決定されたことにより、間接的に政府がコメの価格決定に関与するようになったと見ることもできる。

 

 

*コメ生産量と価格決定の考え方*

 

今回の混乱で、「高齢化のせいで生産量が減り米不足になった」とか「減反政策のせい」といった意見も多く書き込まれている印象でした。

 

各地の田んぼの脇の石碑に刻まれている歴史のように農業の近代化とか土地利用の集約化で一気に生産量が増えて米余りの時代になり、「生産量が減った」のは「国内需要が減った」からが先だということも明確に書かれています。

それで一時期減反政策が行われたもののすでに「減反政策」は終わっているのに、社会は何を持って「減反政策」と捉えているのだろう、実際にはどうなのだろう、農家の方が2000年代に「生産調整」と表現しているのはどんなことだろう。

そのヒントになることも書かれていました。

 

前回のコラム(引用者注:(3)の記事)で、「コメの生産量は民間が自主的に決定し、価格は市場でされている」というのが農水省の公式見解であると紹介した。しかしながら、やはり、そこに政府の関与が全くないと言うのには無理がある。政府は明確に、国内需給の見通しと目標生産水準を、毎年提示している。これをもって、中には「減反政策はいまだに続いている」という言い方をする有識者もいるが、それは流石に言い過ぎであると思う。より正確に表現すると、図表4のような状態にあると考えられる。

 

その図表4にこんなことが書かれていました。

➡︎「農家がみんなコメばかりつくると、コメの価格が下がってしまう」ということを全ての農家はよく理解している

➡︎「飼料用米などの転作作物」への補助金により、主食用米と転作作物をバランスよく作ることで農家の経営は安定(するように補助金が設計されている)

これが「生産調整」ということに一致するでしょうか。

 

 

*2008年からの水田フル活用政策*

 

「生産調整」についてもう一つヒントになったのが、(4)に書かれていた以下の箇所です。

図表1に示したさまざまな政策の中から、特にポイントを絞ると、コメ・水田政策の大きな目標は3つあると考えられる(図表2)。第1に、しっかりと需要に応じたコメを作ること(つくりすぎないこと)、第2に、農業の7割を占めるコメ生産農家が、主体的に経営・生産し、しっかりと所得を上げること。そして、第3に農地をできるだけ耕作放棄地化せずに維持することである(現状約425万haの日本の農地・耕作面積のうち、水田は約55%・234万haを占める)。

 

実際、政府は2008年からの水田フル活用政策により、水田でのコメ以外の作物への転換を図ることを奨励。コメの需要に対する生産を維持しつつ(コメの作りすぎも抑えつつ)、農家の所得確保や農地を維持するという、難しい政策に取り組んできた

 

 

補助金」についてもよくわかりました。

コメ(主食用) 昨年の状況(販売価:1,5000円/60kg程度)であっても、中規模(5ha)以上の農家であれば、利益を出せる。

コメ(飼料用・加工用) 補助金がなければほぼ全ての農家で、利益を出すことは難しい。
小麦・大豆   補助金がなければほぼ全ての農家で、利益を出すことは難しい。
飼料用トウモロコシ 補助金がなければほぼ全ての農家で、利益を出すことは難しい。
路地園芸(野菜)  やり方、品目により、収益性はまちまち。

なんでも補助金が有効というわけではないようですし、たくさん作って余ったら輸出なんてことでも解決しなさそうですね。

 

そして著者は現在までの農業政策を以下のように評価されていました。

土地利用型農業は、一般的に収益性はあまり高くないその中で主食用のコメだけは、一定の規模以上の作付けをすれば原則として利益が出せる作物だが、需要が減少しており、コメだけを作っていればいい状況にはない。それ以外の土地利用型農業である飼料用のコメ、小麦・大豆、飼料用トウモロコシなどは、ほぼどんな規模の農家であっても、補助金なしでは日本では利益を上げることは難しい。そうした前提と財政総額の制約がある中で、農業政策(ここではコメ政策・水田政策)は全体のかじ取りをおこなってきている

 

2008年以降の約15年を振り返ってみると、これらの目標に対してさまざまな課題もあり、100点満点はつけられないものの、それなりの結果を出してきたと考えていいのではないだろうか。2005年時点で196万の農家・農業経営体が存在したが、現在その数は100万を下回ってきている。それだけ経営体が減少しているにもかかわらず、需要に対するコメの生産は基本、満たされてきたし、農業全体の生産額も概ね9兆円を維持している。

 

また、まだまだ他産業に比べて高いとは言えないが、経営体当たりで見ると、この15年で所得は倍増している。荒廃農地も増えてはいるが、耕地面積の減少は1割程度で抑えられている。

 

どのような農業政策が進められその結果はどうだったか、頭の整理をする機会になりました。

 

ほんとうに、一気に日本の人口が増えてしかも豊さを求める時代に入ったというのに、その膨大な日本人のお腹を満たし栄養も取るだけでなく美食の時代を支え、気候の変化や自然災害にも負けず、社会構造の変化にも合わせながら、過不足なく米や野菜を作ってきてくださったのだと痛感しました。

 

 

その「コメ・水田政策の大きな3つの目標」の実現がまず大事なのに、「コメを投棄的に扱うこと」、「海外へ輸出することあるいは輸入すること」が優先されたからバランスを崩しているのではないか、そんな印象を持ちました。

 

農業政策が無策だったのではなく、全国の農業関係者の方々がそれぞれの地域の実情の中で、日本の社会に過不足なくコメや野菜などの安定した生産と多くの人が生計を立てられるように努力してこられたのを、「金が全ての評価の基準という価値観」によってにわかに裕福になった一握りの人たちによって壊されかかっているのではないか。

医療もまたそんな時代になったと、重ね合わせています。

 

この資料の行間をもう少し読み込めるように精進しなければと思いました。

 

そして「古い日本をぶっ壊す」と息巻く雰囲気にのまれて大事なものを見失わないように、要注意な時代だと改めて思いますね。

 

 

*おまけ*

 

とあるニュースのコメントを記録しておきます。

農協も勉強会開いたり営農指導して農薬の時期、回数、肥料の量やタイミング、栽培方法確立するまで結構何年も掛かった記憶がありますよ。

増やせ、減らせ、品種変えろ、簡単なもんじゃないんですよ。失敗した時のリスク取るのは農家です。二の足踏むのは当然です。

ほんと、頑張って作っても50回ですね。

 

 

 

「行間を読む」まとめはこちら

「お米を投棄的に扱わないために」はこちら

失敗とかリスクについてのまとめはこちら

骨太についてのまとめはこちら

合わせて「米のあれこれ」もどうぞ。