なんだかいろいろ感じることの多い先の衆議院議員選挙でした。
いまだにわからないのが「なぜ今解散なのだろう」という点。
国民の金融リテラシーとか国民も資産運用をと投資を勧めそして孫子の借金を残すなという時代がしばらく続いたので、片山財務大臣が何かのインタビューで「実体経済とずれている」というようなことを話されたことが印象に残っていました。
それ以降、「実体経済」ってなんだろうと、財務大臣の記事は読むようになりました。経済や金融の用語や理論はわからないけれど、誰かに言わされているかのような今までの大臣から受ける利益誘導とは何か違う印象でした。
かつては消費税導入に関わった人たちでも、もしかしたら実体経済と乖離しない政治へ、それは虚業から実業への方向変換とも言い換えられると思うのですが、軌道修正する方へ風向きが変わっているような気がしていました。ただ首相の円安の方向性とかちょっと噛み合っていない気もしますが。
まあ、ぬめっと党名まで変えてきた党なので、期待はほどほどですけどね。
なぜ今解散なのかという答えもわからないまま次々に情勢が変わり、開票直前には自民党が300議席以上を獲得するという予想まで。
蓋を開けると全国地図が真っ赤になる圧勝。
なんだか私の周囲の人とは違う流れだなあと思ったら、その感じ方まで「古い時代の人として葬られそうな雰囲気」ですね。
それからいまに至るまで、どこからか湧いてくる熱風のような社会の感情に、ただただ流されないようにするので精一杯という感じですね。
でもそれは本当に社会で吹き荒れているかどうか、それも怪しいのですけれど。
*さらっと政治に参加して、さらっと一住民に戻るような住民主体の政治*
今までもどちらかが大勝したり大敗したりという選挙を繰り返してきたのに、ここまで自分の感情が巻き込まれる恐ろしさを感じたのは初めてでした。
まあ、本格的に政治に関心を持たなければと思ったのがあの日ですから、政治の世界はこんなことを繰り返していたのでしょうか。
私も決して政治や選挙に無関心だったわけでもなく、10年前も茶番劇のような選挙に「もう何が何だか」と辟易しながらも全ての選挙の投票はしてきたのですけれどね。
現実の問題にどのような現実的な解決策や目標を掲げているか。
そして、「差別的な表現がない」「感情的な表現がない」「イメージだけの表現がない」「実現しそうにない壮大な理想を語っていない」あたりの消去法で、選挙公報を橋から読んでいったところ・・・最後には誰もいなくなった状態。
結果、投票した候補者さんはだいたい落選。
私の読みの何が甘かったのだろうと、毎回反省です。
それでもさらっと政治に参加して、さらっと一住民に戻る。政治家を本業や家業にしないという政策中心、住民主体の政治への流れがで始めたことに希望を持てそうと思っていました、少し前までは。
*踏み絵のような選挙だった*
ああ、また立候補者の情報を読まなければと思っても、いつにもましてギリギリの配布になりそうなのでインターネットの選挙公報で候補者を確認しました。
でも今回の「白紙委任を求める」ような流れの先が不安なので、各政党の主張を読み比べられる比例区の選挙公報を待っていましたが、結局手にしたのは2月5日、選挙会場でした。
国政選挙で選挙公報を目にすることなく投票したのは、今回が初めてですね。
あまり政党にはこだわりがないので、いつもだったら政策で応援という感じですが、今回は「踏み絵」状態でした。
一番のタメダメは、やはり立憲民主党があっけなく「中道」になったことですね。
それだとあることをなかったことにする首相の姿勢を追求する道がなくなるではないですか。
「政治と宗教と政治資金と集票の問題」を追求する道を閉ざした政党にはNoだし、「政策が良ければ私的な問題は責任を取らなくてもいいじゃないか」という風潮を生み出してしまった政党もNoだし、消費税の問題では説得力がある政党なのにワクチンとか医療の問題になるとダメダメだし。
ほんと、踏み絵のような投票になりました。
まあどの政党も、根っこは骨太(株主経済)で自民党と大差ないですからね。
株に引っ張られない経済による未来はあるのだろうか。
そしていつの間にか選挙の争点が「食品に限定した物価高対策」にすり替えられ、「給付(施し)」の話になってしまいました。富裕層と下層があるかのように、あるいは世代間を分断する雰囲気で。
税金を取りすぎないでくれれば経済的に自立した人生を送れるのに。
現代の「政治・経済」は成金同士の融通で、ほんと、老獪ですね。
*本当に人気があったのだろうか*
最近のニュースで、先の選挙の勝因は「ポスターの笑顔とはっきり言い切ってくれる感じに希望を抱いた」のような話がありました。
えっ?私は一度もそのポスターを近所で見ていないのですけれど。
私の中で今回の選挙戦で一番記憶に残っているのが、あの日曜討論会を欠席した時に「出席するために『お洋服』も準備していたのですけれど」の一言でした。
私と同世代で世間ではおばあちゃんのような年代ですが、こういう言い方やキラキラの笑顔は「ぶりっ子」と呼ばれていた世代ですね。
それで、政治家は人気商売のような人が増えたなとふと思ったのでした。あくまでも「ふと」ですけれどね。
イメージが作られ、バズマーケティングの手法で有名になっていく。それが政治家への近道の時代でしょうか。
そしてためらうことなく自分は政治家にふさわしいと思い込み、演技をし続けるような。
そして最近、政治家と芸能界もつながっていたり芸能人の世襲も多いですね。人気の相乗効果か、それとも大金を手にしやすく手っ取り早く社会に階層を作る手段でしょうか。
政治&芸能成金あるいは政治家の芸能界化というか。
まともに働いたことのない人たちが選挙に勝ち、その人たちにこき使われている気分ですね。
まあ、妄想ですけれど。
*おまけ*
そうそう終盤では、アメリカ大統領の応援メッセージまで。
あのピープルパワー革命の舞台裏を思い出しました。
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