運動のあれこれ 1 

運動といっても日本語の意味は幅が広いのですが、その中でも市民活動、英語ならmovementになるのでしょうか、そのあたりの話です。


唐突なタイトルですが、1980年代前半、こちらの記事に書いたように、NGO(非政府組織)やNPO非営利団体)という言葉を日本の中で知っている人はごくまれで、「市民運動」という言葉はぼちぼち聞かれ始めていましたが、むしろ「奇特な人たちがしている怪しい活動」という受け止め方が多かったのではないかと思います。


インドシナ問題を機に、海外救援団体がいくつか設立された黎明期に、たまたま私は惹きつけられるように海外医療救援に関わることになりました。
20代前半の頃です。


世界の状況どころか、自分の専門の医療に関しても、今思えば冷や汗が出る程未熟な知識と経験で立ち向かって行こうとしていました。
「自分たちがやらなければ誰がやるのか」という責任感と、自分たちは開拓者であるかのような自負で、何か「社会を変えなければいけない」と思っていたのでした。


わからないことだらけの中、何をするべきか手探りで突き進んでいたのですが、数年ぐらいすると、「海外医療救援を続けることが私自身の目的になってしまっているのではないか」という悩みにぶつかりました。


ほんの少しだけ世界の状況が見えるようになると、医療援助というよりも開発や人権、貧困といったもっと根本的なことを「正して」いかなければいけないのではと考えて、海外医療救援活動からは離れました。
1990年代初頭、「市民運動」という言葉が肯定的に日本の社会に根付き始めた頃でした。


自分の東南アジアの経験という狭い視点から、ちょっと背伸びをしながら市民運動の末端で考え続けることになったのですが、「運動を維持することが目的になっていないか」というあたりにいつも疑問と限界を感じて、市民運動から離れました。


2009年にニセ科学の議論に出会った時に、市民運動に感じた私個人の限界とニセ科学の問題が重なって見えました。
そのことは「私とニセ科学的なものについてのあれこれ」に書きました。
市民運動全体を批判するほど私は全体像はわからないし、市民運動が社会をよりよい方向へ変えた事実もたくさんあると思います。


ただ、自分自身の経験の中で、市民運動のようなものが陥りやすい傾向が、人がニセ科学的なものにはまるあたりと重なっていると感じることがありました。


市民運動への批判というより、私自身の失敗学としての「運動のあれこれ」です。
不定期ですが、きっとまた記事がいくつもでてくると思います。




「運動のあれこれ」の記事のまとめ。

2. 後で思い出すとヒヤリとする
3. 「挑ませる」ものには注意
4. 不要な不安を広げ、そこに権威が結びつく
5. 準備体操
6. 動かないハシビロコウ
7. この世に楽園はない
8. 「母乳育児」という運動から距離をおく
9. 「正確に知ることこそ、共存の一歩」
10. 「ケアする側の声はイデオロギーになりやすい」
11. 「イクメン」という運動がもたらしたもの
12. 滄浪泉園の保存運動
13. 感情が先に立つ
14. 「現実と架空の接点を言葉一つで伝える」
15. 「ドーピング陽性」の意味
16. 「正義の闘い」は誰のため?
17. スポーツと運動
18. 東京都は「早起き運動」をやめてね!
19. 運動のための運動
20. 森林の万能論
21. 競泳に必要なものは何だろう
22. 事実を淡々と追う
23. 「『自己の超越』というブルジョワ的な価値の追求」
24. 週に2日間休めるようになった
25. 「革命」の意味
26. 「平成の助産師革命」
27. 黒川清流公園の保存運動
28. 武甲山資料館
29. 「反対期成同盟」
30. 内灘闘争
31. 運動には生活の余裕が必要
32. 災害時に「母乳推進運動」がするっと入ってくる
33. 運動は「理論化」されコアな内容になる
34. 「中海・宍道湖の干拓淡水化事業の歴史的回顧」
35. 「琵琶湖・淀川 里の川をめぐる〜ちょっと大人の散策ブック〜」
36. 清流復活事業
37. 築いてきたものが簡単に壊される
38. 新幹線三河安城駅と愛知環状鉄道線
39. 「多摩川由来の崖線の緑を保全する」
40. 「今もなお里山の風景を残す深大寺・佐須の地域資源」