2007年ごろに経済財政諮問会議なるところで勝手に助産師の会陰切開縫合解禁とか話し合われていることに驚いたのですが、まだ当時は政治とか経済に疎かったので何がなんだかよくわかりませんでした。
今思い返すと、私が疎かったからというよりは、政治や経済も、医療と同じく失敗を繰り返さない方法が浸透しているはずと思っていたので、変な方向には行かないだろうと思っていました。
*まだ政府の動きがわからなかった頃*
ところが2013年ごろにはその信頼に翳りが出てきて、2007年に読んだ話が現実になり始めていることを感じるようになりました。
安価な医療を行うため 医師より安い看護師を使う
そんななりふりかまわぬ規制改革会議、経済財政諮問会議は、"亡国の使徒"のような存在です。
(「勤務医 開業つれづれ日記」2007年12月8日)
この経済財政諮問委員会の存在に、2007年にはすでに警告していてくださった方がいたのでした。
その後、定義もないまま「産後ケア」センターが「骨太の方針」で語られるようになりました。
それでも産後のお母さんや赤ちゃんの支援になるなら前進したと思ったのですが、まさかのこれじゃあない内容が広がりました。
医療とは違う場所で産後ケアが「骨太」の中で始まったのはなぜだろうと思っていたのですが、その2013年6月3日の記事にKeitaYmanadaさんから2020年2月2日にコメントをいただきました。
2020年頃はまだ私自身がようやく「国の借金は家の借金とは違うらしい」ことに目が覚めたころでしたのでコメントの内容は難しすぎましたが、あの日(2022年7月8日)以来、時々読み返して少しずつその行間が読めるようになりました。
*骨太の政策が始まってから骨身を削られるような毎日に*
とりわけこの部分は身に沁みます。
財政出動するのに、税金使っちゃ駄目です。この事は10数年以上前に、経済学の研究者さんたちが集まってくるサイトで言われていた。今の日銀総裁の量的緩和政策は、その時言われていたリフレ政策で、その時支持されていたエコノミストが、黒田総裁就任時の副総裁でした。
人々は、税金を徴収されると消費を収縮せざるを得なくなる。税金の徴収は、必ず、景気後退を引き起こす。政府が徴収した税金を全額支出すれば、税金の徴収による景気後退を相殺する。
政府支出とは、政府が代金を支払って、産業が生産する商品を購入する事です。エコノミスト達は、経済にとっては、無駄遣いでもかまわないと言っていた。
経済の理論はわからないのですが、「税金を徴収されると消費を収縮せざるを得なくなる」を実感しますね。
消費税が10%になってほんとうに物を買わなくなりました。家計簿を見直すと、昨年までに1年間でひとり20万円近い消費税を払った年もあります。親の介護に必要な物やそのための交通費も大きいですからね。
食品や日用品を買うたびに消費税にビビる毎日ですし、物価が上がっただけでなく商品自体が小さくなったので節約してもちっとも追いつきません。
以前は普通に買って食べていたものも手を出さなくなりました。
勤務先は中小企業と同じような診療所で、分娩減少で経営は大変そうな中でもきちんと毎年昇給もあるしボーナスも支給されていますが、その分、いつの間にか雇用保険とか介護保険が上がっています。年金も税金も増えて、昇給分は帳消しです。
遠出に出かける余裕があるのは、両親を無事に見送って介護などの費用がなくなったことや、コロナで競泳観戦に行かなくなったことで浮いたチケット代とか、もともと化粧品や装飾品にはほとんど支出がなかったとかで帳尻が合っているのですが、ほんと、消費税というのは消費に対するペナルティですね。
切り詰めて切り詰めても、貯蓄が増えなくなりました。年金じゃあ足りないから2000万円用意しろとか、最近では4000万が必要とかにしれっとなりましたが、国から言われても困りましたね。
それは政府の失敗ではないですか?
なんだか毎日、息苦しくうっとおしい生活です。
*「生かさず殺さず」のような闇が見えてきた*
消費税をとり過ぎたことへの減税のはずが所得税にすり替わり、私の年間の消費税の4分の1にもならない額のために事務方さんが複雑な処理をして給与明細に記入することが義務付けられることになって、ほんと、目が覚めました。
消費税率を変えるのはとても大変とか抵抗していたのに、たかだか一回ぽっきりの4万円のためにもっとややこしい作業ですよね。
消費税をとり過ぎたのなら、未曾有の感染症や不景気の時にせめて食品や日用品の消費税を下げるシステムにすればよかったのに。
そうしたら、乳児用ミルクやおむつや子どもの食料や衣類などにかかっていた多額の消費税がなくなって子育ての人にも実質的な子育て支援にもなるし、生理用ナプキンも買えないような貧困の女性がいるとしたらそちらにも実質支援になるはず。
全ての人に行き渡る恩恵ですよね。
そして経済がもっと上向きになるはず。
ところが、なんでも「給付」とか対象を限定した「支援」にするのは、奴隷状態の国民を手放したくないための施しにほかならないですね。
国民が豊かになって奴隷のような状況に気づかれたら、あるいは一度できた階層を超える手段を他の人が持つことに困るような人が政治家になっているのかもしれません。
骨太の方針を言い出した20数年前にはすでに「少子化問題」は言われていたのに、生まれてきた国民ひとりひとりを大事にしようという意図もなかったし、本気で適正な人口をどうとらえるかという考えもなかったのだと見えてきました。
欲しいのは、安くて使い勝手の良い労働力のみ。そして容赦無く切り捨てる社会に。
ニュースのコメント欄では、「骨太、聞き飽きた」「骨太と聞くと恥ずかしい」「骨折」「骨が細くなる」など、最近はさんざんの言われよう。
国民に気づかれたことに焦って次々と残った「政策」を打ち出してくるのでしょうか、断末魔の叫びのように。
ということで、4年前にいただいたコメントから、雑ではありますがあれこれ考え続けています。
KeitaYamadaさん、ありがとうございました。
*おまけ*
昨日、突然「夫婦別姓容認」という話題がありましたが、それも「経団連から要請」ですからね。「骨太」を知るとあれは飴と鞭だと感じましたが、何を目論んでいるのだか。
「行間を読む」まとめはこちら。
あの日(2022年7月8日)から考えたことのまとめはこちら。
失敗とかリスクについてのまとめはこちら。
あわせて「助産師の歴史」のまとめもどうぞ。
「骨太」についてのまとめはこちら。