最近のトイレは本当に清潔で便利になりましたと書いてから10年が経ちましたが、その間に全国を歩くようになって国内のあらゆる施設のトイレが劇的に改善されたと実感するようになりました。
2月に歩いた多摩川沿いの公衆トイレも、ほんとうに清潔でした。
ほんとうに清掃をしてくださる方々を始め、トイレの整備を考えてくださる方々に感謝ですね。
そしてトイレは清潔で快適なことが当然という意識が社会全体に浸透したのだと、子どもの頃からのトイレの「10年ひとむかし」を回想することも増えました。
若い頃は、清掃をしてくださる方がトイレ内にいても気恥ずかしくてお礼をいうのはためらわれたのですが、トイレのすごい変化を実感するようになって「ありがとうございます」とか「いつもきれいなトイレですね」とひと言が自然と出てくるようになりました。
この10年間にはいろいろとありました。
水が豊な日本と思って育ったのはたまたまで、水を得るのに苦労していた地域もたくさんあったことも遠出で実感しましたし、大きな災害で上下水道が大変になるニュースからも目が離せなくなりました。
そうした現実の問題が、節水型のトイレの開発につながったのでしょうか。
そして日々膨大な排水を処理する下水道設備なくてはなしえないもので、以前からトイレに入るたびに「今この東京ででる排泄物と汚水はどれくらいなのだろう」そしてもしその処理能力が停止したらと妄想していました。
今年の1月28日、下水管の腐食が原因の道路陥没で車が転落するという、妄想をはるかに越える事故が実際に起きてしまいました。
排水を抑え、水流をかえ、汚水と硫化水素という化学災害の中での危険な捜索活動が試行錯誤しながら進められているニュースを見守るしかない毎日でした。
5月2日、ようやくご遺体が見つかりました。
なんとも心が千々に乱れる事故でしたが、最後まで「救出」活動と、自治体や報道される方々が表現してくださったことには救われましたし、どれだけのどのような方々がこの救助に関わっていらっしゃったことでしょう。
周辺では臭いを始め生活が一変したニュースも伝えられ、清潔なトイレが機能するというのは「当たり前ではなく奇跡」なのだと考えさせられます。
*トイレの設備は公衆衛生の要*
10年の間にはもう一つ、感染症対策という視点が浸透しました。
今でも駅や公園のトイレでも石鹸を常備してくださるところが増えました。
点灯スイッチや、蛇口や石鹸水がセンサー式の設備も広がりました。
あともう一つ贅沢をいうならば、便座クリーナーも常備されるとうれしいですね。
トイレを流す時の水があちこちに飛ぶことや、不特定多数の利用の中には体調を崩した方利用していることを考えると、贅沢というよりは大事な感染症対策ですね。
少しずつ浸透していくでしょうか。
まあ、手をきちんと洗わないとか、せっかく洗った手を髪の毛になすりつけるとか、またトイレや路上に吐瀉物をそのままにしたり、なかなか「新しい生活(新しい常識)」が浸透するには時間がかかるので、やはり怖いのは人間ですけれど。
*「日本のトイレはすごい」が有料化の動きになりませんように*
最近、海外観光客の感想を目にすることが増えました。
「日本スゴイ」という内容に、東京グッドマナーと聞いた時の気恥ずかしさが蘇るのですが、朝のラッシュ時などはコロナの行動制限がなくなった後あっという間に人の流れが戻った上に、大きな荷物を持つ人が集団で無秩序に歩くので殺伐とした雰囲気になることもしばしば。
その中で「トイレがきれい」には、そうでしょう!と素直にうれしくなる反面、「自分の国では有料なのに」という感想がつくと、ちょっと危ないなと感じてしまいます。
「そうだ、トイレを有料にすれば儲かる(有料にすれば人件費や税金の節約になる)」という発想の人が出現しませんように。
あるいはそれで一儲け(スタートアップ)しようとか。
トイレは利便性や快適性も必要ですが、公衆衛生のインフラという視点が最も大事であり、その意識が浸透したからこその清潔な日本のトイレなのだと思うこの頃です。
社会の「トイレットトレーニング」には時間がかかりますからね。
それを「聖域なき」とか言い出す人がいませんように、と心から願うしだいです。
「トイレについてのあれこれ」まとめはこちら。
失敗やリスクについてのまとめはこちら。
骨太についてのまとめはこちら。
あわせて下水道についてのあれこれもどうぞ。