ちょうど福井の遠出の記録を書いている最中に福井県知事選挙があったので、いつになくその選挙ニュースを読みました。
その中で驚いたのは「ルッキズムの選挙」といった言葉で、見た目の良い若者がいかにもおじさんに勝ったというとらえかたでした。
とてもシュールな解釈だな、福井県民に対してもそれは失礼じゃあないかなと思いつつも、最近の選挙はさもありなんと思いますね。
ほんと、せっかくネットで政策や経歴を読み比べできる時代になったというのに、なんだか芸能界の人気投票か「推し」のムードで、えっと思う人が当選しちゃいますからね。しかもSNSを使っての架空の応援合戦か中傷合戦かという感じだし、当選したあとの議員としての活動は伝わってこないか、やってますアピールか。
昨日の「高齢者」という言葉がない政策の問題を考えていたら、ここ半世紀ほどのルッキズムとつながったような気がしました。
*老いることへの嫌悪感を毎日毎日見せつけられる*
2000年代初頭頃の代替療法の商売がまだマシと思うほど、最近は新手の「こうすれば健康になる商売」が増えましたね、しかも製薬会社とか食品会社という「実業」だと思っていた世界から。
ここ20~30年ほどでテレビのあちらの世界や勝手に広告がお勧めされるデジタルな生活では、これでもかとこと細かに「老い」を醜悪なものにしたてて視界に飛び込んでくるようになりました。
しみ、薄毛、ほうれい線、瞼が下垂。あるいはさまざまな体調の変化。
そしてその老いの現象に対して勝手に医学用語っぽい名前をつけて、「解決しなければならない」と思わせる巧妙な手口と、嫌悪感を強く感じさせる醜悪な映像やイラスト。
こんなことを仕事していている人は嫌じゃないのかな、とむしろ心配したくなるほどですね。
しかもかつてはこういう美容的なものは女性がターゲットだったのに、男性も死ぬまで容貌や外見に散財させられるようになり、「市場が広がった」のでしょうか。
*生まれた時からルッキズムへ*
半世紀前もすでに若さや見た目への不安をあおった商売はありましたが、早くても高校生ぐらいを対象にしていたような印象です。ところが「最近は子どもたちにも化粧をさせることがあるようです」と驚いた10年前から、さらに最近では小学生の美容整形の話題になり、「自由」という雰囲気になってついていけないなと思っています。
あ、化粧やら脱毛も男性に「市場」が広がりましたね。
ネットニュースでは「生まれた時から二重でお目目パッチリ」「生まれた時からイケメンと助産師さんに言われた」なんてタイトルを見かけるようになりました。
生まれた直後の新生児は、ほんとうに「よく無事で生まれてきてくれた」とどの赤ちゃんも世界一かわいいものです。見た目だけで「イケメン」とかいう助産師や看護スタッフは怖さをまだ経験していないのだろうなと思いますけれど、ね。
こうして最近は、新生児から外見を重視した視線にさらされて商売へとつながっていったり、投資の対象にされていくのかと暗澹とした気分になります。
*自己愛とルッキズムに影響を受けた人には「高齢者は市場」でしかない*
「美人」「イケメン」ともてはやされても、私にはアンドロイドのように見た目が似た人ばっかりが増殖した世界に見えてくる昨今です。
で、ちょっと申し訳ないけれど、男女ともに水商売っぽいという印象。酒池肉林の時代だからですかね。
そんな時代の雰囲気に疲れたので、「ポツンと一軒家」を見ているとホッとすることがあります。
70代80代といった世代の方々が見せてくれるセピア色の写真と現在の顔に、「ああ、人はこんなに穏やかでいい顔になるのだ」、と。
おそらく、自己愛や自己実現という言葉があふれていた時代に生まれた世代はルッキズムが広がる時代に育ち、「醜い老人」「社会の進歩を邪魔する存在」のイメージが刷り込まれていったのかもしれませんね。
「成功は社会のおかげ」という大事なことを、教えるのを忘れてしまった私たち世代の責任でもあるのですけれど。
人類が初めて経験する高齢化社会の中で「老いるとはどういうことか」、経験した人でなければ言語化できないことが積み重なってきたというのに、高齢者の「無駄な医療」とか「安楽死を」と平気でいってしまう人が出現し、「高齢者への政策がない政党」も出現する。
その背景のつじつまがあいました。
30代の人にはわからないだろうなあ、この時代の雰囲気と老獪な世代の経験は。
*おまけ*
Wikipediaのルッキズムを読んでみました。
近代に入り「自己実現の自由」が大幅に認められたことに伴い、個性や魅力を潜在的な内面ではなく、視覚的な外見に求める傾向が増したという指摘など、平等主義や個人主義が関連しているという見方もある。一方で、労働市場においては、企業や職種ごとに顧客へのアピールとしての経済的価値を備えた、典型的・画一的な容姿が求められることがあり、これも一種のルッキズムである(美的労働論)。階級社会においても同じく、階級や職種ごとに典型的・画一な容姿が求められる。
(強調は引用者による)
かつては「自由や民主」あるいは人権など普遍性が生まれ出る憧れの国だった彼の国から、このルッキズムも株主経済も生まれてきた。
それは常に他国と戦争をしている帝国主義、植民地主義が続いている国だからだった、つじつまがあいました。
「つじつまのあれこれ」まとめはこちら。
骨太のまとめはこちら。
失敗とかリスクのまとめはこちら。
生活とデジタルのまとめはこちら。