生活のあれこれ 28 生活をどこまで「デジタル」で表現し記憶できるか

20代の頃から、わずかのローマ字だけで表現できてしまう言語(英語)は、日本語とは違う何か合理的な発想があるのかと思っていました。

 

1990年代に入って数字を羅列するだけで商品やら値段を表示すすバーコードが身近になり、さらにインターネットとパソコンが生活の中に入ってきて数字だけで全体を把握して記憶されていく世界ができました。

 

90年代にパソコンを購入した時に操作の仕方がわからないと書店に行って取り扱い書を眺めたのですが、そばにプログラミング言語という本が並んでいました。私が知っていた「言語」とは全く違う世界で、1ページ目から読むのを挫折したのでした。

以来、専門用語がわからないからわかりやすさだけで判断するという生半可な使い方のままです。

 

当時は、コンピューターの開発に携わる人は神のようになんでも理解できる人だと思い込んでいたので、これからの時代はこうした人たちが世の中を作っていくのかと気がとおくなりました。

 

最近ではその分野では天才的な人でも他分野では頓珍漢なことを言うし、わかっていないことがわからないことが見えてきたり、知恵の樹の実を食べたいだけで真に何かを理解できることはなさそう、という人間の限界が見えてきたので、数字に置き換えるだけで全てを把握できることはないだろうなと思っています。

 

さらにあちこちを散歩するようになって、有名な武将の視点からの歴史はたくさん書き残されていても、農業の要であった水路の歴史はまだまだわからないことだらけのように、人間が知ることができるなんてほんの一部だと当たり前のことを実感しています。

すべてを理解できる神のような人はいないのだと。

 

 

最近、簡単に「ヒューマンエラー」とか「人間はミスをおかすもの」と簡単に言う政治家が増えて、本当にその意味を理解していないから簡単に言えるのだと確信しました。

どんなに対策をしても胃が痛くなる緊張感で仕事をしても、人の命が失われたり、自分のキャリアも吹き飛ぶ理不尽さが起こるし、世の中はそういう仕事で回っているからこそ「失敗」から学ぶことの道筋がようやく社会の中にできてきたのに。

 

 

そもそも人の生活とは何か。

それさえわかっていないのに言語化は無理ですし、わかっていないことを「デジタル化」で誤魔化しても意味がない。

 

 

「英語は合理的な発想につながるのか」、反対に「日本語は合理的ではないのか」「数字はどこまで表現できるのか」、今までぼちぼちと書いてきたことと結びついてきました。

「デジタル敗戦」とか「デジタル後進国」とか煽られてこのところ生活を右往左往させられているけれど、意図的にあるいは恣意的に何かを削られていかない限りは、人間の生活を完璧に把握できる方法はまずないだろうなと思えてきました。

 

 

 

関係がありそうな記事を頭の整理のためにメモしておきます。

<2012年>

英語で表現するとまるで何か新しいことを取り入れたかのように思わせられるが、何事も教科書通りにはいかない

「人の手」という社会支援のはずが、ドゥーラとカタカナで表現されると別のことになってしまう

<2013年>

アルファベット26文字で自分の名前を表現できる文化だけではない

文字だけでは呼ぶこともできず、正確に読むことが難しい名前の文化

個人と個人が言葉の上では対等な生活

新生児の言葉をどこまで理解できているか

パブリックという概念

<2014年>

「ここにいます(存在)」が基本の生活

「ケア」の語源

どうぞとありがとうを伝える生活

<2015年>

「お正月」が特別ではない生活

「育児」、保育(ケア)の概念とも違う言葉

言葉は知っているけれど、本当に理解しているのか

「柿」、英語で表現すると別のもの

<2016年>

数字で表現する

サイモン&ガーファンクルの「絆」、感情は英語でも表現しにくい

「恥ずかしい」という気持ちの文化の違い

<2017年>

擬声語の多い生活

ボブ・ディランの「風に吹かれて」は「鵺(ぬえ)のような社会」の意味だったのか

時刻を尋ねるための表現

英語と日本語で表現することと発想の差にある生活の違い

横文字だと何かをしているように見える

和製英語はどうデジタル化されるか

<2018年>

まだ「新しい言語が発見」される可能性

地図に描かれていることはデジタル化できるのか

「同じ行動をとらなくても目的を達成できる」「興奮させない」言語と生活

主語が明確な言語

その言葉が使われ始めた歴史まで把握できるか

「体育」と「スポーツ」の違い

選手の言葉をはしょらない

「バズマーケティング」という新しい世界の言葉

<2020年>

明治時代に留学した人の英語で書かれたノート

災害に使われる用語の概念の変化

1980年代から急増した精神科用語

<2021年>

コンピュターの嗜好で勝手に編集される

Wikipediaの行間

<2022年>

歴史を表す地図でも、デジタル化では無視されることもある

国内の多様な言語はデジタル化でどうなるのか

<2023年>

ほんとうに遅れているのか

「デジタル化」は万能のようで人の罪は直してくれない

「デジタル化についていけない人」と思われたくない風潮にしてレジ係の仕事まで客に転化するような

<2024年>

Twitterが突然閉鎖的になった後、どうやって官公庁や自治体の非常時の情報を得るか

「ポイント還元に充てられる予算は91億」

貨幣とポイント、公と民

セルフレジは「社会的失敗」

自分の存在の証明が主体的でなくなった

「本人でもない印鑑」からカードに変わっただけ

「スタートアップ」と「起業」

ICカードとそのモバイルICは「別物」

マイナンバーカードの「法的リスク」

「沸とう京」って何?

広告が勝手にお勧めされるデジタルな生活

私とは誰かの存在証明

道の通称名もわかるといいな

乗車券を購入する

自宅にマルスがあったら

半島名がわかる

美しいうちぬきの西条の風景のメモがなくなった

マップで示された最短コースは水の中を渡る方法だった

紙かプラスチックか、はたまた「デジタル」か

「話にならないあとづけの話」と「普遍性のある話」

飯山線で住宅地もあるのに圏外に

現実感を感じるテレビ番組

新幹線駅でもGPSがオンになりづらい場所がある

全国各地の史料館が地図でわかる時代になった

<2025年>

事前にネットで調べても現地に行かなければわからないことがある

出発前にモバイルバッテリーが壊れた散歩の記録

真の自由や普遍性が生まれる国はどこだろう

マップに歩道が表示されるようになった

マップをクリックすると碑文を読める

iPhoneの写真で植物の名前と生活史がわかるようになった

現実の人口が増えないからデジタルで増やしちゃえ

消費税の記録は大事。ただアプリには注意

マップに用水路名が表示れるようになった

上堀・中堀から富士早川・下堀が表示されるようになった

期日前投票の前までには候補者の人となりと公約がWikipediaなみに読めるようになるといいな

デジタル社会で日常不可欠のインフラなのに通信費は10%の消費税

選挙広報ではわからないネットの中の「有名な人」

AIも間違う川の名前

進化しつつ誰もが手にできる地図へ

GPSと地図の表示も追いつかない新幹線と、初めてPASMOを無くした記録

「IT立国」を目指す政治家のステマ作戦

AI はそれぞれの時代の微妙な表現までは再現できない

自由自在に拡大縮小して鳥の目のように地図を眺める技術のおかげで世界が広がる

正確に世界中を網羅しているかのようなマップでもバス停がズレる

デジタルの実害に泣き寝入り

「デジタル化」を統率する専門性ってなんだろう

マップに表示された「水田の碑」から千数百年の歴史を想起する

小さな水路もデジタルのマップに描かれる正確性

意外な場所に「東屋」が表示されるようになった

奈良盆地をぐるりと取り巻く雷雲を雷データーを見ながら散歩

日本語の漢字や読み方の葛藤と変遷をデジタルはどこまで正確に残せるか

誰もが簡単に「荒らし」の言葉を投げ捨てていく嵐のコメント欄

マイナンバーは印刷されているがそれは使わずICチップの空き領域を民間業者が使える不思議なカード

<2026年>

なぜ大発会で財務大臣が鐘を鳴らすのか、教えてくれなかったAI

「大人げない感情」を正義として一瞬のうちに社会へ向ける手段を得たホモサピエンス

A Iが「米遣いの経済」を教えてくれた

AIは「高齢者」というケアの受け手の声は反映されないのだろうか

テレビやネットの向こうのシュールな広告とルッキズムと株主経済

インターネット上に政府の選挙公報の記録が残らない「デジタルな社会」

 

 

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