2016年に書き始めたマイナンバーとマイナンバーカードについての記事がたまってきて、ぼんやりですが何に私は引っ掛かっているのか少し見えてきました。
一つ目は政府が「利便性」と言って新しいことを打ち出すたびに、カード一枚にまとめてしまうことが必ずしも日常生活では便利ではないことが見えてきました。一枚だと便利かもしれないと思うこともありますが、それはあくまでも持つ側が「どれとどれを一枚にまとめるかを選択できる」場合であって、強制的に何かの方法を終了させることではないのにという感じです。
二つ目はその「利便性」が自分の存在を証明する手続の簡略化であったり情報の統一性よりは、マイナポイントだとか、お店でマイナカードがつくれるとか、チケット購入だとか、なぜ公的なシステムに民間が関わるのか納得できないものです。
「マイナンバー」はあくまでも私と国あるいは自治体との関係で使われるはずなのに。
地方公共団体情報システム機構の「マイナンバー(個人番号)」とは」にはこう書かれています。
公平・公正な社会の実現
所得や他の行政サービスの受給状態を把握しやすくなるため、負担を不当に免れることや給付を不正に受け取ることを防止するとともに、本当に困った方にきめ細やかな支援を行うことができます。
行政の効率化
行政機関や地方公共団体などで、さまざまな情報の照合、転記、入力などに要している時間や労力が大幅に削減されます。
複数の業務間での連携が進み、作業の重複などの無駄が削減されます。
国民の利便性の向上
添付書類の削減など、行政手続きが簡素化され、国民の負担が軽減されます。
行政機関が持っている自分の情報を確認したり、行政機関からの様々なサービスのお知らせを受け取ったりできます。
長年の懸案だった個人番号を国民につけることができたのですから、まずは「行政の効率化」のシステムが整ってから初めてマイナンバーカードを作る段階になるのではないかと思うのですが、趣旨には賛成でもシステムがまだ整っていないのにとにかくカードを作れという流れは本末転倒でやはり納得ができないなあと思っています。
それと「マイナンバーカード」「マイナカード」二つの呼び名があるのはなぜなのでしょうか。検索してもよくわかりませんでしたが。
いつカードを作ることになるか、作ったあとどうなるか、そのあたりの記録として残しておこうと思います。
落ち着いた街 25 政治家の満足のために存在しているのではない
鶏が先か卵が先か 5 国家資格は当然マイナンバーで管理するもの